第5話 収穫出来ない

 史織の自宅はマンションの一階だ。だから、ささやかながら庭付きだった。道路を隔てるコンクリート塀の内側に、小さな花壇と家庭菜園を作っている。小学ニ年生になる峻也の偏食を治したくて、トマトや胡瓜を育てていた。夏休みも近いこの時期には花が咲き小さな実をつけ始める。 

 日曜日の朝には、そこで息子と一緒に菜園の世話をするのが日課だった。

 休みの日くらいゆっくり朝寝させてやろうと言う妻の気遣いも有って、夫を寝室に放置し、子供と一緒に雑草を取ったり僅かな収穫をしたりして過ごす朝である。

 先週はわけのわからないメールや、持ち主不明の口紅を見たりと、気分の悪いことが続いたので、週末にそれらのもやもやをリセットできたらいいと思った。

「峻也、ベランダから外に出ようか。」

「うん。今日はトマト採れるかな。」

 着替えさせた息子とともに外へ出た史織は、眩しい朝陽を浴びながら、日焼けの心配をしてしまう。そんなこと一切気にすることもない息子は、ベランダから飛び出すように外へ出た。

「うん。・・・あれ、お母さん、あそこ、なんか変だよ。」

「変??」

 胡瓜とトマトの苗が植えてある場所を指さして、峻也が怪訝そうに言った。

 史織が昨日の朝に水をあげた時には、これと言って異常が無かったはずだが。

 思わず、顔が引きつる。

 5本ずつ等間隔に植えてあった苗が、丸坊主になっていた。

 見事なくらいに、葉や蕾や花、そして小さいながらも付いていた実が、のこらず消えているのだ。そして、地面にそれらが落ちている。添え木と茎だけが、地面から垂直に伸びていた。

「え、なんで・・・?どうしてこんなこと、・・・虫とかついてた?病気・・・?」

 いやいや、虫や病気が原因で、一晩でこんなことになるわけがない。

 一体何が起こったのか。史織にもさっぱりわからなかった。

 ただ、はっきりわかるのは、トマトの収穫を楽しみにしていた峻也を、がっかりさせてしまったということだった。



「え、そんなことってあるの?」

「普通はないと思うんだけど・・・誰か知らない人が入ってきて荒らしたみたいになっててちょっと怖い。」

「え、人為的な感じなの?なんか、刃物とかで葉っぱを切り落とされてるとか?」

「うーん・・・そういう感じではないけど、でも、自然には起こるようなことじゃないよね。病気とか害虫のせいとかって感じじゃないし。」

 夫に今朝のショックな出来事を話してみると、夫の洋輝も首をひねる。


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