第3話 おかえり
いつもならば先に床について寝てしまうのだが、今夜はどうしても寝付けなかった。
営業という仕事柄、帰宅時間が遅い夫。その夫を待つことになってしまったけれど、顔を合わせるのがなんだか恐ろしい。
息子の
深夜の一時をまわってまもなく、玄関の鍵が解錠する音と共に、夫が帰宅した。
「・・・ただい、ま・・・、起きてたのか。」
「おかえりなさい。」
いつもならばとっくに夢の中にいるはずの妻が、リビングにいることがそんなに驚くほどのことなのだろうか。なんだか、落ち着かない様子の夫が、いつもと違うように思えてしまう。
「すまないな、もしかして、待っててくれたの?こんな遅くまで。」
申し訳なさそうに洋輝が言った。
スーツの上着を脱いで、仕事用のカバンを床に置いた夫はソファに腰を下ろした。
立ち尽くしていた史織は、ふと我に返ったように言葉を吐く。
「その・・・いつも、洋輝は遅くまで働いて疲れているのに、私は先に寝ちゃってて、悪いなって思って。夕食食べる?温めようか。」
「ああ、悪いね。はぁー・・・疲れた疲れた。」
そう言ってソファの背にもたれかかった洋輝は、史織が夕食兼夜食の準備をしているうちに転寝をはじめてしまった。
ダイニングテーブルの上に皿を並べる。味噌汁も温め直し、おかずやご飯もレンジで温めた。サラダを冷蔵庫から出して、ドレッシングを一緒に置く。
「洋輝、出来たよ。どうぞ。」
リビングを振り返って夫に声をかければ、船を漕いでいる夫の寝顔がそこにあった。
仕事で疲れているのだと思うと、なんだか可哀想になる。今日一日夫を疑う余りに神経質になっていた自分が、なんだか馬鹿みたいで、みっともなくて、罪悪感さえ覚えた。
きっと、あのメールは何かの間違いなのかもしれない。
夫に尋ねればきっと、これはこれこれの理由で別の人のメールが転送されてしまっただけだ、とかなんとか、それらしい理由があるに決まっている。
床の上に置きっぱなしの夫の上着を持ち上げて、ハンガーにかけようとシワを伸ばした。軽く裾を叩けば、内ポケットからころんと何か小さなものが落ちる。
床の上に軽い音を立てて転がったそれを、史織の指が拾い上げた。
某有名化粧品メーカーの口紅だ。
史織もこのメーカーを使っているから知っている。勿論、男性が使うような代物ではない。史織自身も欲しかったそれは、ピンクプラムのカラーだった。
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