【別視点】勇者の愛猫

海堂 岬

テオドール視点

第1話 帰る場所も居場所もなくて、逝くにも逝けず

 僕は、抜け殻だった。


 魔王討伐なんて、望んでのことじゃない。生まれ育った街が無くなって、帰るところがなくて、たまたま聖剣を抜いてしまっただけだ。あれがなにか知っていたら、触らなかったのに。


 苦しい旅のあと、僕は魔王を討伐した。沢山の人が犠牲になった。勇者の役割は終わった。僕を包んでいた神様の御加護は、薄れて消えた。僕の感謝は、神様に届いたのだろうか。聖剣は王様にお返しした。勇者の役割は終わった。


 国王陛下からの、ご褒美に、僕は唖然とした。綺麗な貴族のお姫様を、僕のお嫁さんにとおっしゃったのだ。平民の僕になんて、もったいない。でも、遠慮しようにも、王命だから、断るものではないと言われた。


 お姫様は、綺麗なだけじゃなくて、優しい人だった。お嫁さんになってもらえるとおもうと、僕も嬉しかった。


 僕の幸せは、長くは続かなかった。お姫様に会えなくなった。魔王が復活し、僕はまた、僻地に派遣されることになった。いくつもの街が、焼かれていたそうだ。


 魔王復活は嘘だ。神様からの御加護はお返ししたけれど、僕にはわかる。魔王は復活していない。魔王は街を焼かない。僕の街は瓦礫一つ残っていない。街を焼くのは人間だ。あの、常に空を覆っていた、重苦しい気配もない。


 復活していない魔王のために、僕が僻地に派遣されることになった。


 僕は絶望した。僕が必要ないならば、そう言ってくれたらいいのに。帰る場所の無い僕は、居場所もなくした。可愛い可愛い僕の猫だけは違った。お姫様の髪の毛と同じ毛色で、同じ色の瞳をもつ僕の猫は、荷物に紛れ込んで僕についてきてくれた。


 ちょっと気難しいけれど、可愛い猫だから、きっと可愛がってもらえる。僕は猫を、優しかったお姫様に託した。僕を縛るものはなくなった。


 僕は崖から身を投げた。優しかった院長先生、一緒に育った仲間たち、魔王討伐隊で一緒に戦った人達に会いたかった。


 それなのに。僕は岩棚の上で目を覚ました。先に逝った人達のところにも、僕の居場所はないのかという絶望と、全身の痛みに泣いた。


 僕は、抜け殻だった。


 可愛い可愛い僕の猫、あの猫は、今も元気だろうか。お姫様は、今、お幸せだろうか。それだけが、気になった。


 抜け殻の僕にも、ちょっとは中身があったらしい。僕はかつて、僕を追い出した王都に、たどり着いていた。


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