第6話 僕が知らなかったシュザンヌのこと

「あら、まぁまぁ」

「おやおや」


 旦那様と奥様、シュザンヌ様のご両親を前に、どうしたらいいか、もう僕にはさっぱりわからなかった。気を落ち着かせようと、僕は、膝の上で寛ぐシュザンヌを撫でた。混乱している僕をよそに、シュザンヌはゴロゴロと喉を鳴らして気楽なものだ。僕も猫になりたい。


 下男がそのままお屋敷の主に会えるわけがない。僕は無理やり衣服を剥ぎ取られ、身なりを整えられ、伸ばしっぱなしにしていた無精髭を綺麗に剃られ、小綺麗な服を着せられていた。


 これでは、わかってしまって当然だ。


 シュザンヌ様のご両親には、僕が僕だったころに、何度もお会いしている。

「悪いが今日は、都合がある。シュザンヌは君には会えない」

「申し訳ないのですけれどね。会わせてあげられないの。今日はお帰りになってくださいな」

あの頃、何度も聞かされた言葉が、また耳に蘇ってきた。悲しくなった僕は、膝の上にいたシュザンヌを抱きしめた。


「なーお」

シュザンヌが、どうしたの、というように鳴いて、僕の顔を舐めてきた。シュザンヌは僕の味方だ。シュザンヌ様に会えなかった間も、この子は僕を慰めてくれた。


「無事だったのか」

どこか安堵したような旦那様の声に、僕は恐る恐るお顔を伺った。お声のとおり、お優しいお顔を、こちらに向けてくださっていた。奥方様も同じだ。僕は、覚悟を決めた。


「はい。テオドールです。ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした」

シュザンヌを抱きしめ、恐る恐る答えた僕に、旦那様も奥方様も微笑んで下さった。


「今まで何をしていた、いや、何があったか、というところから、教えてもらえないかね」

そういえば、旦那様はこういう御方だった。僕に命令をなさることはなかった。


「魔王討伐で、神様からの御加護はお返ししましたから、僕には何の力もありません。それでも、魔王復活は嘘だとわかりました。もう、何もかもが、どうでもよくなって、崖から身を投げました。岩棚に、叩きつけられはしましたけれど、大きな怪我はせずにすみました。なんとか這い上がって、あとはその日暮らしでした」


 シュザンヌ様にも会わせてもらえず、魔王復活という偽情報で、王都から追放されて、厄介払いされたのだと、あのときの僕は、自暴自棄だった。


「そうか。無事でよかった。神の御加護があったのだろうね」

旦那様のお言葉は、本当に僕の無事を喜んでくれているようだった。奥様も涙目になって、頷いてくださって、僕はちょっとほっとした。僕は、お二人には嫌われていなかったらしい。


 魔王復活の噂を立てた貴族を破滅させたのは、旦那様の派閥らしいと、司祭様からは聞いていた。司祭様のお話は本当だったのだろう。


「なーお」

身を捩ったシュザンヌを、僕は膝の上におろしてやった。驚いたことに、シュザンヌは、テーブルに着地すると、そのまま奥様に向かって跳んだ。


「シュザンヌ」

あまりに無礼な行動に、僕は慌てたが、猫のほうが当然素早い。お転婆をしでかしたシュザンヌと、名前を叫んでしまったことに、僕は慌てた。お嬢様のお名前を、猫につけていたのが、ばれてしまった。


「おや、君は知っていたのかね」

慌てる僕と違って、旦那様は、悠々となさったままだ。


「この子がシュザンヌと、あなたが御存知とは、知らなかったわ」

奥様の膝の上で、シュザンヌがゴロゴロと喉を鳴らす。僕以外にあまり懐かなかったシュザンヌが、甘える姿に、敗北感を感じながら、僕は奥様を見た。


「申し訳ありません。お嬢様のお名前を、勝手に、猫につけたりして」

僕の言葉に、ご夫妻は顔を見合わせた。


「この子は、シュザンヌなの。ほら、毛並みと瞳が一緒でしょう」

奥様のおっしゃるとおり、色合いが一緒だから、シュザンヌ様のお名前を猫につけたのだ。


「シュザンヌの变化の魔法はどうにも中途半端でね。猫になるのはいいが、時々戻れなくなってしまってね」

「えぇ! 」

旦那様のお話に、僕は文字通り、腰を抜かした。


 だって、シュザンヌは猫で。猫だから、可愛いから、一緒に寝て、毛づくろいもしてやって、行水もさせた。でも、猫じゃないなら、貴族のお姫様なら、僕は、大変なことをしでかしてしまったのではないだろうか。


 どうしよう。


 慌てる僕と違って、猫のシュザンヌ、でなくて、猫に变化したシュザンヌ様は、奥様のお膝の上で、悠々と寛いでいた。


 あぁ、もう。僕が、猫になりたい。

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