第5話 洗濯物
いつ、ここを辞めようか。僕は、毎日それを考えながら、働いていた。今の僕は下男だ。魔王を討伐した勇者だった僕は、もう死んでしまった。なにかがひっくり返ったところで、シュザンヌ様と結婚なんてできない。せめてお顔をみたいと、思うけれど、貴族のお姫様は、お屋敷の中、奥の方で過ごされる。下男が働いているようなところには、いらっしゃらない。
もうどこかに嫁いでいらっしゃるかもしれないが、それもわからない。人を愛し、猫を愛した心優しい人、と、シュザンヌ様は、僕の死を悼んで下さった。それで十分だと思わないといけない。
そんなことくらいわかっていたけれど、僕はなんとなく、立ち去り難くて、お屋敷で働いていた。
「まって」
侍女の声に振り返ると、風に飛ばされた洗濯物が、こちらに向かって飛んできているのが見えた。飛び上がって布を掴まえた後、着地した僕の顔に何かがぶつかってきた。
「にゃ」
ふわふわの柔らかい毛並みが鼻をくすぐる。
「シュザンヌ?」
僕が捕まえたのは、淡い色のふわふわの毛の、青い目の猫だった。
「なぁ」
シュザンヌと一緒に暮らしたときのように、膝に座らせてやり、背を撫でると、シュザンヌそっくりな猫は、ご機嫌でゴロゴロと喉を鳴らした。
「本当にシュザンヌ?」
「なぁ」
小さな声で聞くと、僕の言葉がわかったように鳴いた。変わらない、いや、僕が飼っていたときよりも、ずっと艶々した毛並みは、格段に手触りが良くなっていた。かわいがってもらっているのだろう。よかった。
「まぁ、あらまぁ。これはこれは」
女性の声に驚いて振り返ると、この屋敷に雇われたときに一度だけあった、侍女頭が居た。
「こちらに来てもらいましょう。その猫も一緒です」
侍女頭の命令に、下男が逆らえるわけがない。
「なぁ」
僕は、シュザンヌを抱きあげて、侍女頭の後に続いた。どこに連れて行かれるのだろうか。
「なぁ」
撫でろと甘えた声を出すシュザンヌの、猫ならではの奔放さがうらやましかった。僕も、猫になって逃げたかった。
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