第12話 愛しい隣人さ


「――おかしい」


 再び手元に届いた情報屋からの手紙には、またもや「エマに関する手掛かりは見つからなかった」とあった。


 しかも念を入れて捜索範囲を二つ隣の街にまで拡げてもらったというのに、それでも彼女くらいの年頃の少女を捜索する動きは一つたりとも見られなかったという。


「となれば、それ以上遠くからやってきたのか? ……考え難いが、商隊の荷物に紛れ込んだとかか? しかし、例え何らかの理由があったとしてもそこまで大胆な行動に出るか、普通の子が……?」


 ……もはや、推測からどうこうできる範囲を越えているのではないか?

 情報屋に金を積むよりも、俺はそろそろエマ本人に直接、彼女の出自に関することを尋ねてみるべきなのかもしれないな。


 幸いにも心を開いてはくれているようだから、未だ言葉が話せなくても、身振り手振りである程度はどうにかなるだろう。


「一度、それとなく話してみるか。――そして、こちらの手紙は照魔官イルミネーターからか。今度はなんの用件だ? 例の娼婦殺しについてなら、とっくに報告を済ませたはずだがな」


 情報屋からの手紙は一度置いておいて、別の手紙を手に取る。


 照魔官イルミネーターから送られてきたその内容は……どうやら協力依頼のようだ。


「場所は工業区域、ピーコック紡績工場近辺の下水道。その奥にて悪魔デーモン召喚の儀式が執り行われているとの通報があった、と。あちら側の人員は目下別件の悪魔デーモンに対応しているから向かわせられない。そんな訳で、実績のある・・・・・【鉄拳】殿にも是非・・お手伝いして欲しい、とね。ははっ、苦虫を噛み潰したような顔が透けて見えるぞ。……それにしても、ふむ?」


 人手不足を補おうとすること自体はまあ、別段おかしなことではない。


 それよりも俺が気になったのは、この手紙に書いてあった「悪魔デーモンに対応できる人間が不足している」ということだ。


 奴らが標的とするのは基本的に深い闇を抱えている人間であり、単に誰彼が気に入らないだとか、なんとなく腹が立った、程度の相手には誘いをかけたりしない。


 悪魔デーモンが目をつけるのはこの間俺があたった娼婦殺しのような、強い復讐や嫉妬などにかられている人間だ。


 しかし、そんな人間は早々現れないはずなんだ。


 この街の人口は精々が五千人がなので、平均から見れば悪魔デーモンの事件なんて半年に一回発生するくらいが本来の発生頻度のはずだ。


 だが現実として、俺は今月だけで既に熊と盗賊の一件と娼婦殺しの一件で合計二件も遭遇している。

 その上まだ他に悪魔デーモン関係の事件が起きるだなんて、貧民街とかでもないとありえないぞ。


「とはいえ、これが事実なら考えるよりも先に動かなきゃな。こういう時に真っ先に犠牲になるのは女子供と相場が決まっているし、未来の我がシスター候補のためにもそんなことは断じてさせるわけにはいかん。深いことはあとにするとして……というわけでエマ、すまないがまた一人で寝ていてくれないかな?」


 うつらうつらとしながら扉の隙間から顔を見せていたエマに目をやって、お願いする。


 どうやらまた寝つけずに俺を探しに来たらしい。


「……(こくり)」


 彼女はこの間買ってあげたうさぎさんのぬいぐるみを抱きかかえながら、小さく頷いてくれた。

 しかしよく見れば、その顔に僅かながら不満げな表情を浮かべているのが分かる。


 ああ、女の子にそんな顔をさせてしまう自分が情けなくて仕方がないっ!


「超特急で終わらせてくるよ。それほど長く寂しい想いをさせるつもりはないから、安心してくれ」

「……(こくこく)」


 早く戻ってきてくれと言うように、エマは二回も頷いた。


 もちろん分かっているとも。

 こんな情けない俺を許してくれるとは、なんて優しい娘なんだ。


 くそ、俺とエマの時間を邪魔しようとするロクデナシの悪魔デーモンめ。


 お前らのことを考える時間なんて一秒だって惜しいんだ。


 速攻で本来いるべき場所に叩き返してくれるから、首を洗って待っていやがれ。


「それじゃあ行ってくるよ。その前にエマはおねんねしようね」

「……(くいくい)」

「はいはい、ベッドまでは一緒に行こうか」


 彼女を寝室へ送り、頭を撫でて寝かしつけた後、俺は準備を整えて颯爽と闇夜の中に駆け出した。





 この街の工業区域は、俺の教会がある一般の居住区域からは少し離れている。

 とはいえ俺の健脚からしてみれば五分とかからない距離だ。


 現場に到着した俺はちょうど運よく見つけた巡回の騎士にピーコック紡績工場の場所を聞いて、その近くにある作業用の出入り口から下水道の中に入った。


 侵入すると同時に、思わず鼻を摘まんでしまいたくなる異臭に襲われる。

 それでも、以前に経験したことのある夏場の死体の山から漂ってくる腐敗臭よりは遥かにマシだな。


 ベトベトニチャニチャする嫌な足場を工場の見えていた方向へと歩いていくと、ある曲がり角の先に人の気配がした。


 こっそり覗き込んでみると、剣を持った人間が二人、煙草を吸いながら佇んでいた。

 ただの作業員なら武器を携える必要はない――となれば悪魔デーモン召喚の件となにかしらの関係があると疑ってかかるべきだ。


 どうやら彼らは話し込んでいるようで、聞き耳を立ててみる。


「――それで実行は……見つからないよう……」

「……大丈夫だ――巡回ルートは抑えて――計画は順調――」


 なるほど。

 途切れ途切れに聞こえる内容からして、悪魔デーモンのことは置いておいてもろくでも無いことに加担しているのは間違いなさそうだ。


 となれば、手っ取り早く締め上げてみるとするか。


「こんばんは」

「なんだ、きさ――」


 思わず声を上げかけた一人の顔を、思いっきり殴りつけて黙らせる。

 それを見て剣を抜こうとしたもう一人についても、腹を殴りつけて怯んだところですかさず口と手を身動きが取れないように縛り上げる。


 やはりこの手暴力/愛の鞭に限るな。


「さて、質問だ。「はい」か「いいえ」、首を振って答えろ。無理ならそこの気絶した仲間と一緒にそこの下水に沈めてやろう。糞尿に塗れた汚水の中など誰も探さないだろうからな、きっといつまでも仲良く二人でいられるだろう」

「……(ふるふる!)」

「素直でよろしい。では単刀直入に聞くぞ。ここで行われるという悪魔デーモンの召喚儀式について知っているか?」

「(こくこく!)」

「剣を持ってここに立っていたということは、お前たちの役目は歩哨だな。奥の儀式場に進むのに鍵はいるか?」

「(こくこく!)」

「お前たちはそれを持っているのか?」

「(ふるふる!)」

「そうか、そいつは困ったな」


 思ったより素直な反応をする奴だが、そんなに汚水に浸かるのが嫌だったのか?


 てっきり悪魔デーモンの召喚儀式に関わっているのだからもっと頑なな態度を取るかと思ったが拍子抜けだ。


 もしかしたらこいつらは単なる雇われに過ぎないのかもしれないな。


 それでも悪魔デーモンに関わっていると知っていて離れていかなかったのだから、相応の罰は受けなきゃならないが。


「ではお前たちはもう用済み、というわけだ」

「……(ふるふる!)」

「安心しろ、殺しはしないさ。ただ騒がれて面倒を起こされても困る、しばらくここで寝ているんだな」


 こちらも殴って気絶させたのち、俺は下水道の更に奥へと向かう。


 すると、その先には巨大な鉄柵が設置されていた。

 奥の方からは、なにやらがやがやと大勢の気配が感じ取れる。


 柵の開け閉めが出来る扉部分には、頑丈な鍵が三つにつっかえ棒が二つも取り付けられていた。


 さすがに厳重だな。

 厳重、だが――これくらいなら、鍵がなくてもなんとかなる。


「【鉄拳】ってのは、鉄みたいに硬いってことじゃない。鉄でも何でもぶっ飛ばせるってことなのさ」


 冗談を交えながら、腰を落とし、拳を引く。


 由緒正しいその構えから繰り出すのは、拳技における原点にして頂点。


「――っ!」


 悪魔すら悲鳴を上げる正拳突きが、問答無用で鉄の扉を殴り破る。


 鍵はあっけなく千切れ、つっかえ棒はひしゃげて外れてしまった。


 そして、がらんごろん、と砕け散った鉄柵の一部が通路の奥側へと転がっていった。


 その向こうへ進むとなかなかに広い空間が広がっており、中にいた黒ローブの人間たちが全て俺の方を見てきた。


 ……それにしても、どうしてこうも悪魔デーモンを呼ぼうとする奴らはみんな揃って陰険な格好をしてるのかね?


「貴様――侵入者か、何者だ!」


 なんか偉そうな杖を持った奴が声を上げてきたので、俺は応えてやることにした。


 挨拶は大事だからな、うん。


「俺か? 俺はただの神父さ。……ちょっとだけ荒事に覚えのある、あんたらの愛しい隣人だよ」


 さあ、一番先に俺の隣人愛を学びたい拳骨を受けたい奴から出てこい!


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