第4話 教会のお仕事
教会と言えば何かとお堅くて厳しく、そこにいる人間は小難しい話が好きと言うイメージがあって敬遠されやすいものだ。
しかし、俺たちの仕事の本質は、市民の相談を受けて悩みを解決へ導く助けをすること。
だからこそ、人々から距離を取られるような場所であってはいけない。
教会に人が訪れやすいように、色々と心を砕く――それが相談者のいない日常において、神父やシスターが行う業務だ。
その内の一つを、俺は今からエマに任せようとしていた。
「
「?」
「……いや、なんでもない。誰かに教えるのが久々だからかな、つい興奮してしまった」
思わず変なことを口走ってしまった俺を見上げるエマに謝罪する。
しかし――やはり、あどけない顔で見上げてくるロリっ娘シスターは可愛いな!
彼女をこのままこの教会のマスコットとするだけで、連日教会前には相談者による長蛇の列ができるだろう。
これには例え神だろうと異論を挟む余地はなく、嬉し涙を滝のように流しながら諸手を上げて喜ぶに違いない。
だが、とはいえだ。
大変残念なことに、幼い頃から自らの容姿を利用することを覚えてしまっては、エマの情操教育によろしくない。
自分の身体を餌にして、男たちを言い様に操るようになった悪女エマ……それはそれで俺個人としては興奮するが、やはり仮にもシスターとしては純朴さを売りにしてほしいものだ。
……ともかく、お掃除である。
「汚い所に人は来ないんだ。なぜなら、住む場所には人の心と言う奴が現れるからね。埃の積もったところに平然と住んでいるような人間はだらしないし、そんな人間を頼りにしようとは誰も思わないだろう?
だからこそ僕たちのような頼られる立場にある人間は、常に身の回りを綺麗にしておかなければいけないのさ」
「……ん(こくり)」
「よろしい。じゃあ、具体的な話に移ろう。とはいえ、僕も日常的に掃除しているからそこまで汚い所はないはずだ。基本は軽く拭いたり掃いたり、その程度で済む。
エマには……そうだね、僕には難しい、隅っこや細々としたところをお願いしようかな」
自慢ではないが、俺の身体は一般的な人々と比べて二回り以上大きい。
高い所の掃除ならお任せあれだが、逆に低い場所などには少々手が届きづらい。
適材適所、エマには俺には難しい所を任せてみようと思う。
「まずはやってみよう。その途中で分からないことがあったら、声を上げて……いや、拍手でも何でもいいから、なにか適当に大きな音を立てて呼んでくれ。そうしたらすぐに飛んでくるから」
「……(こくん)」
「じゃあ頼むよ。僕はひとまず、外壁の装飾についた砂や埃を落としてくるから」
彼女に室内用の掃除用具を一通り預け、俺は教会の外に出る。
入り口から見上げれば、観光名所ともなり得るような大教会ほど荘厳かつ華麗なものではないが、我が教会は大人しくもまあそれなりには美しい。
白く漆喰で塗られた壁に、焦げ茶色の煉瓦の屋根。
そしてその先端には、我が宗教の崇め奉る女神像が屹立している。
まずは信徒として、
そう決めた俺は、手早く近くの屋根の縁を両手で掴んで、一気に身体を上へと引き上げた。
潜入のために磨いた暗殺技術を使い、造作もなくするすると一番高い場所まで上る。
そして女神像から風に乗って飛んできた砂を払い落とし、布巾を使って耳などの細かい場所を拭っていく。
――まったく、色々と手間のかかる女神さまだ。
しかし、新米神父の内は時折上からの抜き打ちチェックが行われるというのがもっぱらの噂だから、手を抜いてはいられない。
油断して神父の資格を奪われては、また一からやり直しだ。
それに比べれば、一時の苦労くらいなんのそのだ。
「……ふう、これくらいやれば早々文句も言われまい」
たっぷり一時間かけて像を磨いた後、同じ時間をかけて屋根の汚れを払い落し、外壁の色が剥げたりしていないかをチェックする。
小さな傷は週末に纏めて直すが、大きなものは目立つが故にさっさと埋めるなどして直してしまう。
そうして中へ戻ると、エマもまた懸命に掃除をしていたようだ。
元がそこまで汚くなかったが故に分かりにくいが、隅々まできちんと埃がとり除かれていることから彼女の丁寧な仕事が窺える。
「よし、もう良いだろう。お疲れさま、エマ」
「……!(びくっ!)」
懸命に掃き掃除をしていた彼女の後ろから声をかけると、彼女は身体を飛び跳ねさせた後、振り返って慌てて頭を下げてきた。
ふむ、少々驚かせてしまったか?
もしかしたら、前職のくせでつい気配を消してしまっていたのかもしれないな。
となれば悪いのは俺の方だ。
「すまない、驚かせたかな。掃除はもう終わりにしよう。だいぶ綺麗になったじゃないか、よくやってくれた。この調子なら明日からも君に任せてよさそうだ。それで、困ったことはなかったかな?」
「……」
掃除の間は呼ばれる気配がなかったのでスムーズに仕事を終えたのかと思えば、彼女は恐る恐ると言った体で東側の壁を指さした。
申し訳なさそうにするエマの視線の先を俺も覗くと、そこに掲げられていた燭台のうち一つが無くなっていた。
どういうことかと顔を戻すと、彼女はそこにあったのであろう燭台を両手で丁重に差し出してきた。
そして、三叉に別れた蝋燭を差し込むところの一つが、くの字に折れ曲がっている。
「なるほど、汚れをはたく時にでも力加減を間違えてしまったのかな?」
「……(こくん)」
彼女はゆっくりと、首を縦に振った。それから涙に潤んだ目で俺を見上げてくる。
先ほど随分と大袈裟に驚いていたのは、これを問い詰められると思ったせいか。
初仕事で物を壊してしまって、怒られるとでも思ったのだろう――だが、その怯えは見当違いだ。
「そうか、ありがとうエマ」
そう言って、俺は彼女の頭をよしよしと撫でた。
そんな怒りの表情を見せない俺を、彼女は不思議そうな目で見つめた。
「形あるものはいずれ壊れる、と東の国にはそういった言葉がある。それがちょっとばかり早かっただけさ。そして、間違えたのなら次から気を付ければ良い。
君は怖かっただろうに、きちんと僕に己の過ちを報告してくれた。その勇気こそ、我が教会のシスターに相応しい清純な在り方だ。
君が正直でいてくれたことに、僕は心から敬意を表しよう。
だから怒ったりはしない。初めての仕事だ、ミスを犯さない方がおかしいさ。気にしないで、また頑張ってくれ」
「……!(こくこく!)」
その言葉に少女は安堵したようで、何度も首を縦に強く振った。
人は失敗を自覚した時点で、十分反省している。
ならばそれを次に生かせるようにするのが、余裕ある大人のやり方というやつだ。
安心して、エマが次の仕事に励んでくれればそれで良い。
ついで俺への評価をちょっとくらい高めてくれれば、万々歳だ。
「よろしい。それでは道具は片付けて、そろそろお昼にしよう。正直なエマにはご褒美として、甘味も一つ追加だ。今朝がた試食だと近所のパン屋に頂いたものでな、ナッツとドライフルーツをたっぷり混ぜ込んだ祭日用のお菓子だと言っていた。きっと君も気に入るだろう」
そう言ってやると、エマは目を輝かせながらてきぱきと掃除道具を片付け始めた。
もし先ほど叱っていれば、彼女は目を曇らせながら、後片付けも遅々として進まなかったであろう。
愛しのシスターが悲しみのままに背中を丸めている姿など、俺は大嫌いだ。
やはりシスターたるもの、いつ何時でも快活であってもらわなくてはな。
それが年頃の少女ともなれば、なおさらだ。
それから俺たちは楽しい食事を終えて、午後に突入する。
食事の皿を洗い終えた頃に、ひとりの男性が疲れ切った様子で訪れてきた。
「ああ、レイモンド神父。すまないが、助けていただけやしませんか」
「こんにちはグロウさん。どうされましたか?」
「私が狩人ギルドに所属していることはあんたも百も承知のことだと思うが――実は、東の方の森でうちの若いのが手ひどくやられましてな。
ヒグマです、それも通常の個体よりも三倍近くデカいと言っておりまして。なんでも皮膚に矢が一切通らねぇとかで、そんなのは俺らじゃ手に負えねぇもんで、どうにかしていただけやしませんかとお願いしに来た次第で。
騎士様にもお願いしましたが、どうにも準備に時間がかかりそうで……」
「なるほど、平常の道理からは外れた獣。それは
「おお、ありがたや……!」
思わず膝を崩して拝んでくる彼の身体を起こしてやり、俺は彼に新たな役割を与える。
ありがたがられるのは全てが終わった後だ。
今はまだ他にすべきことがあるのを忘れてはならない。
「グロウさん、貴方には怪我をしたという彼の様子を見てやるのと、他の人々への危険の通達をお願いします。僕はこれより熊を倒しに行って参りますので」
「は、はい!」
「そしてエマ。せっかくだ、君も一緒に来なさい。――見せてあげよう、我が【鉄拳】の真髄を」
さあ、エマに俺の格好いいところを見せるためにも頑張るぞ!
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