第3話 シスター(見習い)、エマ
少女をベッドに寝かせた俺は一度その部屋から離れ、昼食を作った後に戻ってきた。
時間的には正午を過ぎるころでそろそろ腹が減る頃合いだったし、それは彼女の方も同じだろう。
作った料理を手に部屋の扉を開けると、ちょうど少女も目を覚ましていたようで、上半身を起こしていた。
褐色がかった地肌に灰色の髪と、この近辺では中々に珍しい容姿の少女。
その透き通った金色の瞳には幼い子供特有のあどけなさが映し出されており――俺と目が合う。
「起きたのか」
「――っ!?」
俺の姿を認めた途端、少女は鼠もかくやという速さでベッドから飛び出したかと思うと、部屋の隅に縮こまってしまった。
丸めた膝を片方の腕で抱え、もう片方の手で顔を隠しながら、指の隙間からちらちらとこちらを窺ってくる。
……どうやら怯えているようだが、無理もないか。
見たところ、彼女の齢は七歳ほど。
これくらいの年齢なら、目を覚ましていきなり見知らない相手と出くわしたとなれば警戒心がマックスになっても仕方がない。
「なに、安心してくれていいよ。
少女を害するなど、とんでもないことだ。
彼女は俺の愛するシスターではないが、それはあくまでも今の話。
全ての少女はいつかの未来に、シスターとなる可能性を僅かなりとも秘めているのだ。
故に、彼女は立派な俺の庇護対象である。
――いつか我がシスターとなってくれるかもしれない、そのような子を粗末に扱うわけにはいかない。
シスターとは世界の宝、ならばシスター候補もそれまた世界の宝なのである。
……いやまあ、男だから見捨てたりとかはしないよ?
本当だよ?
ともかく、俺は彼女に警戒を解いてもらえるように一人称を変えるなどして外行きの神父顔を張り付けて、声をかけてみた。
しかし、彼女は黙ったまま子猫のような眼で俺を睨んでくる。
今の俺はそこまで彼女にとって怖いのだろうか。
精々が神父服にエプロンを付けているだけで、第一印象としてはそこまで悪くないはずなのだが。
まあ調理中に染みがつくのが嫌で一張羅たる神父服の上は脱いでいるのだが、まあ、それくらいの半裸なら父親で見慣れているだろうしな……。
さて、どうしたものか。
そう思ったところで、俺が手に持っている食事の匂いにつられたのか、運よく少女の腹がぐぐぅ~っ、と大きく鳴った。
そうだ、これはチャンスだ!
「どれ、お腹が空いているんだろう? まずはこれを食べないか。麦粥だ。一見味気ないように見えるかもしれないが、これでも色々独自の手間を加えているんだ。知り合いにはそれなりに評判なんだし、ぜひ君にも食べてもらいたい」
最近は料理の出来る男子が人気なのだ、と巷ではよく言われている。
故に俺も未来のシスターの腹を掴むため、料理スキルはきちんと磨いているのだ。
これで少女の舌を満足させることが出来れば、彼女の警戒も少しは解けるだろう。
『衣食住が足りて人は初めて礼節を知る』というように、食と言う分野は人の判断力に大きな影響を及ぼす。
俺に対して欠片でも信頼を覚えてくれれば、後はそこから少しずつ俺に安心を抱いてくれるようになるはずだ……たぶん。
流行りの小説ではそうなっていたからな!
「あ……」
事実、少女は空腹には勝てなかったようで、恐る恐る部屋の隅からこちらへにじり寄ってこようとする。
俺はいったん皿を近くの机に置いて、少女とは反対側の壁まで距離を取った。
くくく、こうすれば飯にも手を伸ばしやすくなるだろう。さあ、早く食べるがいい。
……というかそうしないと冷めちゃうし、冷たくなったお粥など不味いだけだぞ少女よ?
そんな俺の思いが通じたのか、彼女は粥の入った器を手に取った。
そして、スプーンを使うまでもなく、縁に口をつけて一気に啜り始めた。そこまで腹が減っていたのか? だが、そんな勢いで出来立ての粥を食べると……。
「――けほっ、けほっ!」
「ああ、そんな慌てて食べるからだ。水を飲んで、ほら落ち着いて。焦らずとも飯は逃げないよ。だから、ゆっくりふーふーしながら食べよう」
水を注いだコップを差し出すと、少女はこれまたものすごい勢いでごくごくと飲み始める。
そして一息ついたかと思うと、彼女は今度は俺の言った通りにちょっとずつ息を吹きかけて冷ましながら麦粥を口に運び始めた。
口の中でじっくりと味わったそれを、こくんと小さな喉で飲み干す。
どうやら味をお気に召してくれたようで、少女は愛らしく頬を綻ばせた。
やったぜ。
さんざ
目の前に存在する眼福な光景に、俺は密かに拳を握り締めた。
「ぱくっ……こくんっ。ぱくっ……こくんっ。……けぷっ」
一粒残さず麦粥を食べ切った少女は、最後に小さくげっぷする。
どうやら心の底まで満足してくれたようだ。
その様子を見た俺もまた満腹である……さて。
「お腹も落ち着いたようだし、この後の話をしようか。僕は君を近くのゴミ捨て場で拾ったんだが、どこから来たんだい? 良かったら家まで送っていこうか」
「……!」
その言葉を聞いた少女は、途端に警戒のレベルを元まで引き戻してしまった。
敵意を浮かべ直した瞳でこちらを鋭く睨んでくる彼女に、俺は考える。
「なるほど、戻りたくないのかな。ふむ……家出かなにかか? ――まあ、君くらいの年頃ともなればご両親として喧嘩して家を飛び出す、などと言うことがあっても不思議ではないけど」
「……っ」
がるるっ、と牙をむいた野犬のように威嚇する少女。
その眼はその眼で嫌いではない――どころかぶっちゃけると愛玩動物のように可愛らしくて仕方がないし思わず抱きしめてあやしてやりたくなってくる――こほん、それはともかく。
ならばこうしよう。
「安心して。僕は君の意に反して連れ戻したりはしないよ。誰だって一度は子供の時に家出くらい経験するものさ。そして神父のすべき仕事の一つは、そういう時にか弱い方の味方をすることでね――要するに、ここで君を匿ってあげよう」
「……?」
「我が神の家の門戸は常に開かれている。そこに困っている可愛い娘、もとい人がいるのなら助けるのが神の教え……いや、人として当然のふるまいさ。とはいえただ飯食らいを養うのもよろしくないし、いくらか働いては貰うことになるけれども。どうかな?」
そう提案すると、少女は悩まし気にうんうんと唸り始めた。
いやはや、眉をハの字にする女の子と言うのもまたなんとも庇護欲がくすぐられるものだ。なんとも守ってやりたくなるじゃないか。このまま良い印象を植え付けて、最後には迎えに来た両親ではなく「神父様のところにずっといたい!」とか言ってくれるように……なるといいなぁ。
もちろんその邪心は表に出さないまま、少女の自主的な選択を尊重するように、俺は優しい瞳で彼女を見つめ続ける。
そして、彼女が選んだのは――。
「……(こくん)」
首を縦に振ってくれた少女に、俺は微笑みかけながら手を差し出した。
「よろしい。では、これからしばらくの間、君は僕の家族だね。――つまり、シスター見習いになるということだ。その服が似合うようになるまで、ぜひ頑張ってくれ」
そこで少女は初めて、自分の服が目覚める前に着ていたものと異なっていることに気が付いた。
彼女の衣服はなにせボロボロだった上、ゴミに塗れて汚れていたので、あらかじめ身体を綺麗に拭いた上で我が協会の修道服に着替えさせていたのだ。
巨乳から貧乳、熟女からうら若き乙女まで、どんな体格のシスターが来ても良いようにと、ここには多種多様のサイズの修道服を揃えている。
少女は俺の想定していた最年少シスターよりも更に幼かったので、もっとも小さかったものを着させてもまだ裾や腹回りなどがダブついている。
しかし、これはこれで良い。
無理に背伸びしているような、少女特有の愛らしさが更に強調されている。
これがいわゆる、萌えというやつだろうか?
「ところで、これから同じ所に住むにあたって名前くらいは知っておいた方が良いだろう。僕はレイモンドと言うんだけども、君の名前はなんだい?」
「……。……? ……っ! ……っ!」
「ん、喋れないのか?」
どうやら少女は、うまく声が出ないようだ。
慌てている様子から見るに、彼女自身予想外らしい。
家出する前によっぽど酷い喧嘩でもしてきて、その精神的なショックが強かった……とかだろうか。
やがて諦めたように肩を落とす少女に、俺は仕方ないと仮の名前を付けることにした。
「なら、ひとまず君のことは……そうだな、エマとでも呼ぼうか。ありふれた名だし、そこまで変でもないだろう? 話せなくとも身振り手振りで生活はなんとかなる、声もいずれは元に戻るだろう。それまではこの呼び方で、よろしくエマ」
彼女は仕方なさそうに頷いて、俺の手を握った。
ぷにぷにの手は実に柔らかく、身長差から見上げてくる形になる少女シスターはこう、胸の奥にきゅんと来るものがある。
中々の破壊力だ、これは親が来たところで俺の方が素直に引き渡せるかどうか怪しくなってくるな。
小さなシスター(見習い)、これはこれで最高だぜ!
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