第2話 新米神父、少女を拾う


 俺が新たに神父を名乗ることを許されるようになってから、はや二か月が過ぎ去っていた。


 今はとある町の、先代が年老いて隠居した古臭い教会を引き継ぐ形で、一刻も早く住民に馴染めるよう四苦八苦している最中である。


「おはようございます、アンネさん。今日も機嫌がよろしいようで」

「あら、おはようございます神父様。毎朝のお掃除、お疲れ様です。一日も絶やさずお続けになるなんて、本当に真面目ですこと。不出来な息子にも見習わせたいくらいですわ……」


 朝早く、顔を合わせるなりぺこりと物腰低く挨拶した俺に、近所に住まう若妻のアンネさんは感心したように微笑む。


 すっかり顔見知りとなった彼女の賞賛を受けて、俺は苦笑を溢して謙遜を示した。


 そう、驕ることなく謙虚な姿勢を保つ新米神父レイモンドとは俺のこと。


 ……なお、その内心は以下のとおりである。



 ――やはり、アンネさんは良い・・


 最近結婚したという彼女の持つ、新妻ならではの初々しさと、家庭を持つ女性としての大人びた麗しさ。


 それらを兼ね揃えた彼女がもしシスターとなれば、きっと少年からお年を召した男性まで、幅広い年代の方が教会にこぞって訪れること間違いなし。


 その中で懸命に彼らに笑顔で対応する彼女と、その側で働く俺……イイ。


 ああ、それが実現できれば、なんと素晴らしい光景になるだろう――と。



 しかしまあ、まさか俺がそのような本来神父としてあるまじき思考を抱いているなどとは彼女は夢にも思わないであろう。


 なにせ俺はここに赴任して以降、ひたすらに真面目な青年神父の皮を被り続けてきたのだからな!


 毎朝、日が出るより早く教会及び近所十数軒前の掃き掃除を始め、仕事の途中で困っている人を見つければ進んで手を差し伸べ、やんちゃな年頃の子供たちを集めて保育士代わりの役割をこなし、井戸端会議に呼ばれた折にはテンポよく相槌を打つ話し相手となるのだ。


 こんな便利なレイモンドさんがまさか裏で良からぬことを考えているなどとは、誰だって思うまいて。


「私たちはほとんどがレイモンドさんのお世話になっていますもの。あまり大したお返しも出来ていないのに、申し訳ありません……」

「いえいえ、構いませんよ。私などになにかを返そうとするくらいなら、どうぞ大切な旦那さんや息子さんのために時間をお使いください。それが私にとって、一番の報酬なのですから」

「皆さんが仰る通り、神父様は無欲なお方ですのね。と、もう朝ごはんの準備をしないと。今度の礼拝では、またよろしくお願いしますね――それでは」

「ええ、貴女に神の御加護が在らんことを」


 立ち去っていくアンネの背中を見送りながら、俺は小さく拳を握り締める――計画通り、と。


 俺が現在腰を据えることになった王都端の教会に来てからしばらく経ったが、今やすっかり困ったことがあればレイモンドに頼るというのがここらの人々の常識になっていた。



 神父レイモンドは無害どころか。近隣の人々にとって有益な隣人である。



 その常識を作るための奮闘が、ようやく実を結びつつあるのだ。


 俺の考えは以下の通り。


 こうして立派な青年としての顔を作っていれば、人々はやがてこう思うようになるだろう――神の道に進めば自分の息子や娘、知り合いや友人も立派な人間になるのではないかと。


 そうして集まった神の使徒見習いの中から、美少女シスターのみを抽出してハーレムを築き上げるのだ。


 なお、他のどーでもいい野郎どもは適当に別の教会に修行と言う名目で派遣するつもりである。


 気長な計画にも思えるが、「急がば回れ」との格言もある。焦ったところで良い結果は出ないものだと、かつての伐魔官リーパー時代の先輩たちも良く言っていたしな。


 街の人々には是非ともこのまま、今の調子で素晴らしき青年神父レイモンド(笑)という馬鹿馬鹿しい幻想を是非信じ続けて欲しいものだ……ふははっ!


 そうして華やかな未来を想像しながら箒を動かし続けていると、いつの間にか太陽が空高く昇っていた。


 気づけば足元には、大量の塵や落ち葉などがやがて成人男性一人分はあろうかと言うほどにうず高く積もっているではないか。


「む……やり過ぎたな」


 それもこれも、シスター服が魅力的すぎるのが悪いのだ。


 しかも考えていたのは人妻属性×シスターという実に背徳的な組み合わせだぞ?


 これに興奮しないような男がいないなら、きっとそいつは頭のネジが一つか二つ外れているに違いない!


 そう、つまり健全な男子たる俺がつい張り切り過ぎてしまったのはある種必然とも言えよう。


 これは決して逃れることのできない、男の性質なのだから……そうだよな?


 なんて世間一般にはくだらないと一蹴されるようなことを考えながら、俺は集めたゴミを袋に詰めてゴミ捨て場へ向かう。



 ――すると、何故かそこには燃えるゴミと一緒に、傷だらけの少女が一人倒れていた。


「……ほー、女の子を捨てるとはとんでもないことをする奴もいたもんだ。捨てるくらいなら俺にくれれば、立派なシスターとして手取り足取り育てるというのに……じゃない!」


 いや、そんなことを言ってる場合じゃないだろう俺よ。


 慌てて彼女の口に手を当てれば、まだ息をしていることが分かる。


 生きているのならば、こんな不潔な所に置いていくわけにはいかない。


 事情はさっぱり分からないが、速やかに教会に連れ帰って暖かいベッドに寝させてやらなければ。そうしておいしい食事を与え怪我の手当てをし、これでもかというほどに恩を売るのだ!


 そうと決めた俺は取り急ぎ少女を抱きかかえ、悪魔どもを狩る時以上の速度で教会に戻るのだった。


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