第119話 器用だね
マレイン 「今日は火の魔法が習得できなかったな…」
マレインは小さく呟くとテーブルの上に頬杖をつき顔を俯ける。如何にも落ち込んでいる姿にライトは肩をポンッと叩く。
ライト 「そんな日もあるって!落ち込むなよ、マレイン」
ネイリー 「すぐ出来る方が異常なんだ。焦らずじっくりやれば良いじゃないか」
リリア 「うんうん。そんな焦る事ないよ?」
マレインは顔をあげる。ライト、ネイリー、リリアを順々に見つめていくと徐々に頬が赤くなりにっこり笑う。
マレイン 「ありがとう。ライト、ネイリー、リリア」
仲間達の温かみのある言葉にマレインは安心感を覚え肩の荷をおろす。
リリア 「でも、ライトがお母さんの指輪を持っているだなんて思わなかったな」
リリアはマジックバッグから指輪を取り出すと見つめる。
錆びた指輪を眺めるリリアを横目で見ていたマレインは手を伸ばす。
マレイン 「リリア。その指輪をちょっと貸して」
リリア 「うん?分かった」
マレインはハンカチを取り出すと指先から小さな水滴の魔法を詠唱し濡らす。錆びついた指輪を丁寧に磨いていくとキラキラと輝きリリアの前に出す。
マレイン 「はい。綺麗になったよ」
リリア 「ありがとう~!マレインって器用なんだね!水の魔法も使えるだなんて便利だな~!」
マレインから指輪を受け取るとリリアが発した"器用なんだね"の言葉がネイリーの耳にこだまする。
ネイリー 「ふ、ふんっ!私も水の魔法が扱えたら綺麗に磨く事が出来るがな!」
マレイン 「え…あ、うん?そうだね」
ライト (ぜってー無理だろ…)
リリア (砕けて終わりかな…)
器用なマレインに対し対抗心を抱くネイリーだが、マレインは気持ちに気づかぬままその場で適当にあいづちを打つ。
「おまたせしました~!ペペロンチーノです!」
ライト達が着席するテーブルの上に大きなボウル型の皿が運ばれガーリックの香ばしい匂いが鼻の中を通り抜けていく。
ライト 「ん~~!何か香ばしい匂いがする~!うまそー!」
匂いに空腹が抑えられずライトの口からヨダレが零れる。
ネイリー 「お前はヨダレを拭け。ヨダレを」
店員は小分け用の器とトング、フォークを人数分置くと一礼し下がる。
リリアは積み重なったボウル型の器を4個、並べるとトングを握る。
リリア 「今、4等分に盛り付けるから待ってて」
マレイン 「リリア。私も手伝うよ」
リリア 「えっ?いいの?」
マレイン 「うん。このぐらいなら出来るよ」
マレインもトングを握り、リリアと共に小分けする。
均等に小分けを終えると、予想外な事に綺麗に盛り付けが出来きリリアは拍手をする。
リリア 「わ~!やっぱりマレインって器用なんだね!」
マレイン 「使用人の盛り付けをよく眺めてたからかな?リリアの助けになって良かったよ」
再びネイリーの耳に"器用なんだね"の言葉がこだまする。
ネイリー 「ま、ま、ま、まぁ!私も本気を出せばそのぐらいは出来るがな!」
ライト (無理無理)
リリア (ネイリー…。器用だねの言葉に敏感な気がする…)
ライトは小分けされたペペロンチーノにフォークを刺しくるくると巻き口の中へ運ぶ。
ライト 「ふ、ふまぁぁぁぁ~~~!」
ライトの口からもわ~んとガーリックの匂いが香りネイリーとリリアは鼻を摘む。
ネイリー (確かに匂いが凄いな…)
リリア (な、なるほど。ガーリックの匂いがキツイ…)
ネイリーとリリアの鼻にガーリックの匂いがつくが安価な食事を選んだ2人は愚痴を零す事も出来なくフォークを刺すとくるくると巻き口の中へがぶりと放り込む。
ネイリー 「匂いがアレだが…普通に美味しいな」
リリア 「うん!ソースがトロトロしてるから麺に絡まって良いね!」
マレイン 「匂いだけが欠点かな?味は美味しいよね」
マレインもくるくるとフォークで巻き、ゆっくりと口の中へ運ぶ。
ライト 「明日もルルと稽古だよな?」
マレイン 「うん。そのつもりだよ」
ネイリー 「ふむ…。マレインが稽古している最中、私達は金でも稼いでいるか」
リリア 「うん。少しでも出来るような依頼あったら受けよ!あればいいけど~」
運要素の高い依頼の件にネイリーとリリアは見えぬ未来に不安を覚え、ため息をつく。
マレイン 「そっか。この世界はお金が必要なんだね…。食事も寝る所も当たり前にあると思っていたよ」
ネイリー 「そうだな。豪華な服、装飾品、使用人。当たり前の生活を暮らしていたからな。マレインにとっては良い勉強になると思うぞ」
くるくるとパスタを巻くマレインの手が止まる。
マレイン 「うん…。ネイリーは凄いね。勉強家だし、すぐ行動に起こすし。君は初めて逢った時から凛々しかったよ。あぁ、そういえばネイリーの歌がまた聞きたいなぁ」
ライト 「ブフォッッッ!!ゲホッゲホッ!!」
ペペロンチーノを頬張っていたライトはむせ返すと、目の前に座るリリアの席にパスタの麺が吹き飛ぶ。
リリア 「もう!ライトったら汚いなぁ!」
ライトに対し睨むとリリアは料理の入った器を持ち横へ向く。
ライト (う、歌!?またお決まりのパターンか!?)
持っているフォークを震わせながらライトは妄想する。
———【妄想】
ライト達はネイリーのライブコンサートに招待され席に着席する。キラキラと光るドレスを纏う気高い彼女に観客は期待の眼差しで拍手を送る。
ネイリーは大きく息を吸い口を開けると
ネイリー 「ほげええぇえぇぇぇぇっぇぇえええ!!!ほげ~~~!ほげええええ~~~!」
不快な音で叫び出すネイリーの歌にコンサートに来ていた観客は前の列から気絶していく。ネイリーが歌い終わるとただ唯一、1人だけ盛大な拍手を送る音が鳴る。
ライディール 「素晴らしい!さすが私の自慢の姪だ!美しい歌声で全員、天に召されてしまったな!ハハハハハハハ!」
生き残ったのはネイリーの叔父であるライディールのみだった。ライト達はネイリーの歌によって一生涯を終えた。
—————————————
ライトは妄想を終えると身震いをする。
ライト (ぜってー気絶するような音痴パターンだろ!!)
顔を真っ青にさせながら動揺したライトはテーブルの上でフォークをくるくると回す。パスタがのった皿の横で繰り出される謎のくるくる巻きにリリアは白い目で見つめながらペペロンチーノを頬張る。
ネイリー 「歌は———あんまり得意な方ではない」
ライト (えっ。何か思ってた反応と違う…)
くるくるとフォークを回すが麺が絡まなく不思議に思ったライトは目線を下げると空となったテーブルの上でくるくると回していた事に気付き、料理の上にフォークを動かす。
マレイン 「ごめん。食事中にさせる話じゃなかったね」
ライト 「何かあったのか?」
ライトは巻いたパスタを口の中へ放り込むとモグモグとする。
ネイリー 「昔、母上が生きている頃によく一緒に歌っていたんだ」
リリア 「生きている頃…?」
ネイリー 「あぁ。私の母上は8歳の頃に亡くなってしまったんだ。急な病死でな」
ライトは頬張ったパスタをゴクンッと飲み込むと手が止まる。
ライト 「そうだった…のか…」
リリア 「だからネイリーは他の貴族と違うんだね…」
ライトとリリアは胸元をギュッと握ると止まっていたフォークを動かし食事を再開する。
ネイリー 「気にするな。もう…亡くなる時が決まっていたんだ」
マレイン (そういえばネイリーは葬儀の時、一度も泣いていなかったな。辛かっただろうに…)
彼女の勇敢な立ち振る舞いにマレインはネイリーの心境を想像すると絶するもので涙を零す。
ネイリー 「マレイン…」
ふと零れた涙をマレインは手で拭う。
マレイン 「ご、ごめんっ。当時のネイリーの姿を思い出したら何か泣けてきちゃって。本当に君は勇敢過ぎるよ。少しは私に甘えて…ね。頼りない私が言うのもなんだけど。いつでも助けになるから」
ネイリー 「マレイン。ありがとう」
その後、ライト達はペペロンチーノの味がよく分からぬまま食事を終え宿へと向かう。
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