第120話 風呂上りに


 女子組と別れを告げるとライトとマレインは男性専用の宿へと入っていく。廊下の上を歩き宿泊する部屋へと向かう最中、ライトはマレインの顔を下から覗き込む。


ライト 「なぁ。マレイン!ネイリーの歌って本当に上手いのか?」


マレイン 「え?急にどうしたの?普通に上手だよ」


 素直に意見を述べるとライトは激しい音を鳴らしながら小走りでマレインの前へ立ち両肩を力強く掴む。


ライト 「洗脳されてないか!?大丈夫か!?」


 ライトは険しい表情でマレインの身体を前後に激しく揺らす。


マレイン 「え、えぇ!?透き通る声で普通に上手かったよ!」


 ライトの腕がピタリと止まると力を抜きマレインの肩から手を離す。


ライト 「良いんだ、マレイン。ネイリーに何か弱みでも握られて上手いって話しを合わせてるんだろ?俺はこれ以上聞かないでやる。なんたって俺はマレインの親友だからな」


 親指を立てきりっとした顔つきで話すと、ライトは背中を見せ歩き出す。


マレイン (ん、んんっ!?全く話についていけない…。でも私がライトの親友か~。何だか嬉しいな)


 親友という言葉にマレインはくすぐったさを感じると思わず顔が緩み1人でにやける。


 宿泊する部屋に辿り着くと荷物を置く。2人はマジックバックだけ持ち大衆の風呂場へと向かう。


 大勢の冒険者が脱衣所で着替える姿にマレインは驚く。


マレイン 「こうやって皆でお風呂に入るんだ…」


 目を丸くしライトの後を追いながら恐る恐る辺りを見渡す。


ライト 「そうだな!庶民は銭湯があって、マレインの屋敷にあった風呂場を皆んなで入るんだ!」


マレイン 「へ、へぇー」


 ライトの動きをマレインは真似し浴場に入ると大勢の冒険者が広い湯船に浸かっていた。


 2人は身体を綺麗に洗い、湯船に浸かると目が垂れ糸目になる。


 旅の疲れを浄化すると風呂から上がり脱衣所へと向かう。マジックバックから寝巻きを取り出し着替えるとマレインはひっそりと部屋の隅で売られている物を見つめる。


マレイン (瓶の中に入った飲み物なんだろ?)


 部屋へと戻ろうと足を動かすライトだが、立ち止まっているマレインに気づき視線先を見つめる。


ライト 「あれが気になるのか?アレは牛乳だ!風呂上りに一気に飲むのがこれまた最高!」


マレイン 「へ…へぇ…」


 瓶で売られている牛乳にマレインは唾液をゴクンッと飲む。値札を見ると1本、50シルと書かれていた。


ライト 「ふふーん。こんなこともあろうかと!俺のへそくりがあるんだ!小遣い程度だけど…」


 ライトはマジックバックからガマ口の小さな財布を取り出すと小銭を漁る音を鳴らしながら通貨10枚を手に取る。


ライト 「これで飲もう!」


マレイン 「い、いいの?」


ライト 「うん。これは俺がまだ1人の時にコツコツ稼いだ金だ!ここで飲む牛乳は格別だぞー!あっ!リリアには内緒な!」


 マレインは小さく頷くと2人は牛乳を売っている亭主の元へ駆け寄り声を掛ける。2本の牛乳瓶を購入し手に取ると、ゴクゴクと豪快に喉を鳴らし一気に牛乳を飲み干す。


ライト 「ぷはーーーー!さいこーーーー!」


マレイン 「ぷはぁ!美味しいね!」


 牛乳を一気に飲み干すと瓶をカゴの中へ入れ部屋へと戻る。


 脱衣所から姿を消すとライト達の豪快な飲みっぷりが宣伝となったのか、冒険者達はぞろぞろと集まりその日は牛乳瓶が完売となった。


 部屋に戻ると魔道具の灯りを2台置かれたベッドの間にある小さなテーブルの上に置くとライトは早速、横になる。


マレイン 「そういえば、ライト。リリアとはいつ頃、出逢ったの?」


 ベッドの上で座るマレインに問われライトは顔を見上げる。


ライト 「ん?リリアか?7歳の時、庶民校に通い始めた時にクラスが同じだったんだ。そういえば、リリアの最初の印象は初めてマレインと逢った時のように自分に自信がなかったな」


マレイン 「へ?そうなの?」


 マレインは目を丸くする。


ライト 「うん。リリアってさ白い髪にオッドアイだろ?容姿で目立っていたから悪口をコソコソ言われてさ」


マレイン 「髪色も目の色もとても綺麗なのにね」


 ライトはマレインの意見に同調するよう頷くと腕にコブを作り叩く。


ライト 「俺はそういうの嫌いだから追い払ったんだ!」


マレイン 「あはは!ライトらしいね」


 誇らしげに話すライトにマレインは笑う。


ライト 「そうか?まぁ、それからリリアは周りの奴等を説得するため、勉強も実践も頑張っていたよ」


マレイン 「そっか…。リリアは回復能力者で3席卒業だったね。すごいなぁ」


ライト 「だろ!?普通にすげーよ!ただ、リリアは強さと引き換えに1つ変わってしまった事があるんだ」


マレイン 「えぇ!?変わった!?どこが!?」


 勿体振るように話すライトにマレインは食いつく。


ライト 「それは母さんみたいにすぐ怒る性格になった事だ!」


 眉を寄せながらライトは人差し指を立てると、マレインは理解出来ず首を傾げる。


マレイン 「母さん?私とライトは育った環境が違うから母さんっていうのが分からないな」


ライト 「そうだな、例えば言葉遣いには気をつけろー!寝ぐせをなおせー!歯磨きしろー!ぼさっとするなー!とかいちいち小さい事をグチグチ話すんだよなぁ~…」


 ため息をつくライトにマレインは傾げていた首を反対方向に傾げ、人差し指で頬をぽりぽりと掻く。


マレイン (んん?私にはリリアの話している事がまともにしか聞こえないけど…。気のせいかな?)


 マレインは黙り込むとベッドの上で横になっていたライトは仰向けになり天井を見つめる。


ライト 「リリアは『庶民隠し事件』で父さんと母さんが亡くなったんだ」


マレイン 「えっ…」


 衝撃の余りにマレインは言葉を失う。


ライト 「何が目的で俺達の旅についていてるか分からないけど、リリアには幸せになってほしいな」


マレイン 「うん…。それは私も同感かな」


 マレインはベッドの上で仰向けに寝転ぶと薄暗い中、天井を見つめる。


マレイン (そっか…。3人は旅をしてるんだ。いつかは皆とお別れなのかな?なんだかそれは———とても寂しいな)


 天井を浮かない顔でマレインは見つめていると、ライトの大きなあくび音が聞こえ首を横に動かす。


マレイン 「寝よっか」


ライト 「うん。おやふみ~~!」


 マレインは小さなテーブルの上に置かれた魔道具に腕を伸ばすと灯を消し目を閉じる。

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