第96話 闇の病

リリア 「リサとエルのお母さまが…」


 リリアの瞳から大粒の涙がツーッと左右の頬に零れる。ポロポロと涙を零すリリアに戸惑うがライト、ネイリー、マレインは傍へ急ぎ足で駆け寄る。


ライト 「リリア!落ち着け!」


 ライトは涙を零すリリアの両肩を掴む。


ネイリー 「リリア…」


マレイン 「ゆっくり深呼吸して」


  ネイリーに背中を摩られ、ゆっくり息を吸って吐くと目元の涙を手で拭い顔をあげる。目元は赤く腫れ目の前に立つライトの顔を見つめる。


ライト 「何があったんだ…?」


リリア 「う、うん…。腕に黒い線や斑点があったり…。医療では黒病こくびょうって言ってるんだ」


ネイリー 「……くっ!」


マレイン 「っ!!」


 リリアが病名を口にするとネイリー、マレイン服の袖を掴み、唇を噛む。


ライト 「その黒病こくびょうってやつは治せないのか?リリアは優秀な回復能力者だから大丈夫だ―――」


リリア 「黒病こくびょうは私じゃ治せないっ!」


 リリアはライトの言葉を遮り力強く答える。


ライト 「……えっ?」


 リリアの声が周辺に響き渡り、ライトは気の抜けた声を出す。両肩を掴み硬直するライトを前にリリアは目線を下に動かし、スカートの袖を両手で掴む。


ネイリー 「ライト。前、ブルー村に行く最中に話したであろう。魔王軍の配下の闇を食らった場合、微量でも徐々に身体を蝕むんだ。よくよくは命を―――」


ライト 「そう…なの…か…」


 小さな声を出すとライトはリリアの両肩から手を離しゆっくりと腕を落とす。


スレン 「リリアさん。私を黒病こくびょうに患わった方の場所まで案内して下さい」


リリア 「は…はい…」


 5人はリサとエルが暮らしている家までトボトボとリリアを筆頭に歩き始める。向かっている最中、5人が会話をする事は一言も無かった。


 ウィンド村に咲き誇る色鮮やかなパンジーの花、緑色の草原、木の葉は陽射しで綺麗に照らされている。気分が晴れない5人だが、こんな時に限って空は青く、太陽の陽射しは強い。


 無言のまま歩き続けているとリリアはとある小さな家のまで足を止める。


 こじんまりとした家を見上げると木はやや痛み、屋根も穴などが空いている所に不器用に板が置いてあり釘もまた無造作に刺されている。


 外見だけでどのような生活を送っているのかも分かる程に家はボロい。


 リリアはスレンの方へと振り向くと家のドアに指を差す。


リリア 「スレン様。ここです」


 スレンは頷きドアまで歩み寄るとコンコンっと軽く叩きノックする。家の中からバタバタと歩く足の音がどんどん近づく。


 足音が止まるとガチャガチャとドアノブを回す音が鳴り、ドアは開き立っていた人の姿はリサだった。


リサ 「はい―――あっ!皆!…と?」


スレン 「突然お尋ねして申し訳ありません。私、12聖将のスレン・エルディと申します」


 スレンは腕を折り胸の前に出しお辞儀する。


リサ 「ス、ス、ス、ス、スレン様!?」


 リサは大声で叫ぶと家中に響き渡り、部屋の奥からエルが姿を現す。


エル 「えーーー!?12聖将のーー!?どうして家に!?」


スレン 「お母さまの具合を診たくて」


 姉弟は口を大きく開け、目玉が飛び出そうな表情で顔を合わせる。状況が飲み込めず身体が硬直していると、先にリサの思考が動き家の中へ招くよう腕を差し出す。


リサ 「ど、どうぞ!中へ!」


エル 「こちらです!」


 2人が返答すると背中を見せ歩き出し5人も玄関口から後を追うように奥の部屋へ音を立てず静かに歩く。


 姉弟が案内した部屋は薄暗く小さなベッドの上に一人の女性が仰向けで寝ていた。顔色が青白い女性は足音が聞こえ首だけ横に動かし目を微かに開ける。


 「コホッコホッ。…スレン…ちゃん…?」


スレン 「お久しぶりです。ミル姉ちゃん」


ミル 「昔はよく…遊んだね…。大きくなったねぇ…」


 スレンはミルと同じ目線になるよう膝を折る。ミルはか細い腕を弱々しく動かしスレンの頭を撫でる。


スレン 「ご近所でしたからね。ちょっと具合を診ますね」


 スレンはミルの袖を捲り腕を確認する。


スレン 「ミル姉ちゃん。服を脱がせてもいいですか?」


ミル 「うん…」


 ライトとマレインは咄嗟に女性の身体が見えないよう背中を見せる。


 スレンはミルの服を脱がせると身体全体を細かく確認していく。背中、胸、足など人差し指を動かしジックリ観察すると黒い線や斑点は右の片腕のみで安堵したのかフゥと息を軽く吐く。脱がせた服を再びミルに着用し右腕の袖だけ捲りそっと手の平を当てる。


スレン 「リリアさん。私の手の上にリリアさんの手を置いて下さい」


リリア 「はいっ!」


 リリアが力強く答えるライトとマレインは首だけゆっくり後ろに回す。ミルが服を着用している事に気付き身体を反転する。


 涙を必死に堪えていたリリアだが気迫に満ちた顔つきに一変し、スレンが置いた手の上にリリアは手を力強く置く。


スレン 「私の手が白く輝いた時に癒しの光ヒールを詠唱して下さい。行きますよ!」


 スレンが声を出した瞬間、手が白く輝く。神秘的な光景にライト達は見入る。


リリア 「癒しの光ヒール!」


 辺りが白い光で包まれていく。


リサ 「お、お母さん!」


エル 「右腕にあった黒いのが無い!」


 光が収まるとミルの右腕から黒い線や斑点は綺麗に消え、顔色も赤くなる。


ミル 「身体が…。軽い」


 ベッドの上で寝たきりだったミルは身体を軽々と起こす。


リサ 「おか…おかあ…お母さん~~!」


エル 「お母さん…良かった~!良かったよ~~!」


 リサとエルは涙を流しながら両腕を広げミルの胸元へ抱き着く。勢いよく抱き着きつかれたミルはバランスを崩しベッドの上へ倒れ込みそうになるが何とか踏ん張り2人を受け止める。


ミル 「ふふ。ごめんね。大変な思いをさせて」


 涙を流し抱き着くリサとエルの頭をミルは優しく撫でる。


スレン 「では私はこれでお暇しますね」


 膝を折っていたスレンは立ち上がると玄関口の方へと歩いていく。


ミル 「スレンちゃん!その…。12聖将の特殊能力は高額な代金が必要でしょ?」


 ミルの言葉にスレンは動いていた足を止め、背中を向けたまま首だけ横に動かす。


スレン 「私はたまたま、闇の気配を感じてここに来て…。そして、たまたま取り除いただけです。お代は関係ありませんね。では」


ミル 「ありがとう。スレンちゃん」


 止めていた足を再び動かし、玄関口まで向かいドアを開ける。空を見上げると青く太陽は輝き続けている。


スレン (先輩。これで良いですよね)


 スレンは日の光に照らされたままふと青い空を見上げると、口角が上がる。


―――【時は遡り】


 12聖将に任命されたばかりのスレンは仁王立ちするライディールの前で正座する。

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