第9話 ネイリーの過去②
弟のエルダーは走り去る姉の後ろ姿を見てから数時間が経った。夕食の時間となり、食堂の席につくとネイリーの席の方を見つめる。食堂に顔を出しては誰よりも先に姿を現すネイリーだが、時間が経つにつれエルダーは空となった席から目線を逸らす。
エルダー (姉上…。やっぱりショックだっただろうな…)
凛とした顔立ちに、堂々とした振る舞いの姉から大粒の涙をポタポタと零した姿が頭に焼きつき目の前に置かれている料理の皿をエルダーは呆然と見つめる。
呆然とし姉の姿を思いふけていると、実の父親兼ね、現国王のメルディルムが食堂の場に姿を現し席につく。メルディルムもふと、空となった席を見つめため息を吐く。
メルディルム 「ネイリーはまだ来ないのか?」
「夕食は要らないと部屋に篭ってしまい…」
問いにメイドは両手をお腹あたりに合わせ、目線を下に逸らす。
メルディルム 「エルダー。二人で頂こう」
エルダー 「わかりました」
空の席が浮いたまま2人で食事となる。上の空でエルダーは皿の上にあるステーキをナイフでカットし口に運ぶと視界の端に父親が映り横目で見る。父であるメルディルムもまた、どことなく上の空でステーキをナイフでカットし口の中で運んでいた。
エルダー (父上…。後で姉上の部屋に行こう)
決心すると、ゆっくりと動かしていたフォークとナイフの動きが早くなり残り半分だったステーキを綺麗に平らげる。
エルダー 「ご馳走様でした。父上、申し訳ありませんが先に戻ります」
メルディルム 「あぁ。分かった」
席を立ち一礼すると、メルディルムは行動を見据えた顔で頷く。食堂の場から去りエルダーは廊下の赤い絨毯の上を歩く。
姉の部屋に向う最中、通る度に頭を下げる使用人達にエルダーは微笑ながら会釈すると特に女性はぐにゃっと顔を崩しウットリする。長く続く廊下を歩き続けると、ようやくネイリーの自室の前へ辿り着き、エルダーは深呼吸をする。スーハー…と息を深く吸い吐き気持ちを落ち着かせると大きな扉をコンコンと鳴らしノックする。
エルダー 「姉上、まだ起きていますか?」
扉越しで姉に話す。しかし、反応は無くエルダーはひたすら姉の出す声を待ち続ける。
ネイリー 「…エルダーか。どうした?」
扉から目を逸らした時だ。沈黙の間が暫く続く中、ドア越しで微かな声が聞こえ、エルダーはピクッと反応する。
エルダー 「少し、お話しがしたいです」
扉越しで話すが姉の声は聞こえず、再び沈黙の間が続く。エルダーは天井を見つめたまま、ひたすら立ちすくむ。
ネイリー 「…入れ」
天井を見つめたまま呆然としていた時。姉の声が微かに聞こえ、ドアを直視する。
エルダー 「失礼します」
扉越しで一声かけると、大きな扉を押し姉の部屋に足を踏み入れる。エルダーが部屋に入った隙に、ネイリーは机の中にサッとハンカチを入れ座っていた椅子から立ち上がる。ネイリーの目の周りは赤く腫れあがり、誰が見ても泣き続けていたのが明らかな顔だ。それでも、ネイリーは凛とした瞳で腕を組み、何事も無かったかのように振舞う。
エルダー 「姉上、今日父上が言ってた通り私が時期王になります。でも、私は…僕は姉さんの事ずっと見てきたから」
部屋のドアを閉じるエルダーに、ネイリーは首を傾げる。
ネイリー 「ずっと見てきたから…?」
エルダー 「僕が今まで姉さんの事『暴力姫』だなんて思っていないよ。僕は姉さんがこの国の為に勉学を頑張っていたのをずっと見てきたんだ」
姉のよからぬ噂が王宮内に広まる中。それでも、ひっそりと懸命に勉学をし鍛錬を怠る事のない姉を見つけてはエルダーは壁に身を潜め眺め続けていた。
周囲から疎まれる中でも背筋をピンと伸ばし、凛とした顔立ちで波に逆らうように歩く姿はとても輝かしくエルダーもまたその背中を追い続けていた。
ネイリー 「え?知っていたのか?」
エルダー 「姉さんが去年、変装して庶民街のブロンズ街まで行ってるのも知っているよ。いくら強いとはいえ、姉さんは王族なんだから…」
エルダーは瞼を閉じると、呆れ顔でハァーっとため息を吐く。
ネイリー 「え??それも知っていたのか?」
絶対にバレる事は無い得意な変装に使用人達どころか身内に見抜かれ、目の周りが赤く腫れあがる顔からは想像出来ない程にネイリーは驚く。
エルダー 「姉さんはいくら強くても女の子なんだから無理しちゃダメだよ?」
ネイリー 「女であろうと男であろうと何でも努力すれば国の為に活かせる」
ネイリーは胸に手をあて誇らしい顔で話すと腰に手を当てる。だが、誇らしげに話す姉にエルダーは眉をあげ両腕を力強く振り下ろす。
エルダー 「姉さん!僕は時期王だ!僕は姉さんが描いた『理想国』を絶対に作り上げるからね!いや、それ以上の良い国だ!だから無理はしないで!」
力強いエルダーの言葉にネイリーは赤く腫れあがった瞳は柔らかくなり、口元をあげ微笑む。
ネイリー 「ふふ、エルダー。強くなったな」
エルダーの傍まで駆け寄ると、頭に手をポンッと置き、優しく触れ撫でる。
エルダー 「もう!子供扱いしないでよ!」
ほんの10歳のエルダーだが、自分なりに物事も分かる年ごろとなった。だが、ネイリーに頭を撫でられ未だに子供扱いをされるエルダーは腕を組み顔を横に向ける。
エルダー (姉さんったらまだ僕を子供扱いにして!僕はあの頃に比べたら―――)
過去の記憶を遡ると、エルダーは再びネイリーの方角へ視線を合わす。
エルダー 「ねえ、姉さん。姉さんが僕の為に作ってくれたハンカチ覚えている?」
ポケットの中を漁り、エルダーは物を取り出す。取り出した物を突き出すと、ネイリーの瞳孔が開く。
ネイリー 「ああ!私の自信作か!刺繍だけは得意なんだ。そこだけは女としてアピール出来る」
エルダー 「僕が5歳の頃に母様が亡くなった時ずっと泣いててその時にハンカチを姉さんが作って僕にくれた物だよ。僕はずっとこれを宝物にしていたんだ」
ギュっと大切にハンカチを両手で握ると、自分の胸に当てる。
ネイリー 「そんなに嬉しかったのか?」
頬に手を当て首を傾げる姉の問いにエルダーは頷く。
エルダー 「母様が亡くなってから、姉さんはずっと僕のこと気にかけてくれたよね。本当は優しい人だって知ってるんだよ。姉さん今回僕が時期王だけど、その代わり姉さんは自由に生きてよ。でも急に一人でどっか行ったりしないでね!せめて学校を卒業するまでは!」
エルダーは凄い剣幕で、姉の顔まで接近する。
ネイリー 「わかったよ。エルダーありがとう。私は優しい弟を持って誇らしいよ」
再びエルダーは姉に頭を撫でられ顔を赤くする。
エルダー 「もう姉さん!僕を子供扱いしないで!」
その後、エルダーは本音とは裏腹に頭を撫でるのを止めるように話すが、ネイリーの手が止まる気配も無く仕方無しに受け入れる。エルダーにとって心がとても温かく満たされる日だった。
ネイリーは刺繍が得意と自慢していたが、本来国王の娘で無ければお世辞でも上手とは言えないほどの不器用だった。周りの使用人や侍女がお世辞で上手との言葉を真に受け、『自分は刺繍が上手なんだ』と勘違いをしていた。
エルダーに渡したハンカチは原型が整っておらず、お花を付け加えたと説明されたがどう見ても花には見えず得体の知れない物になっていた。
それでもエルダーは姉の手に傷が沢山あるのを見て、頑張って自分の為に作ってくれたのだとより一層姉を親しんだ。
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