第7話 豊富祭

 ———【ネイリー(12歳)】


 ネイリーは庶民の姿に変装し、サファイアローメン国で庶民街であるブロンズ街を訪れる。屋台や看板には派手な飾り付け、道中は人で溢れガヤガヤと騒がしい…が人々の顔から笑顔が絶えなかった。


ネイリー (幸せとは…この事を言うのであろうな)


 ネイリーは道中を歩きながら人々を見ていると噴水がある広場まで辿り着き派手に飾り付けされている大きな看板を見る。


ネイリー (そうか、今日は『豊富祭』か)


 サファイアローメン国では『豊富祭』が開かれる月は食材や物を作る時の材料などが収穫され資源が潤う月でもあった。


 「今年はここまで作物が豊富で収穫出来たから大安売りだよ~!」


 「安い~!このたまねぎとじゃがいも…そして―――」


 「はいは~い!これからも、うちのお店をよろしくね!」


 このような流れで大安売りで販売し、自分の店を"これからもごひいきに"とアピールするお祭りである。周りの雑貨屋、仕立屋、飲食店…ブロンズ街のあらゆる店舗が競い合うかのように大判振る舞いでブロンズ街は賑わっていた。


 大勢の人混みが行き交う中、ネイリーは様々な屋台、店舗を見渡しながら歩き続ける。ふと、見た看板に『雑貨屋』と目に映る。


ネイリー (『雑貨屋』か。少し見にみるか)


 ネイリーは雑貨屋のドアを開けると、カランカランと鈴の音が鳴り店に足を踏み入れる。棚に陳列されている耳飾り、首飾りをゆっくり歩きながら目で通し眺めていく。


ネイリー (庶民の職人も中々良い物を作るな…)


 陳列されている商品をゆっくり歩きながら眺めていると、ふと髪飾りが気になりネイリーは手に取る。糸で何重にも束ね色鮮やかな輪ゴムのような円を作り、アクセントで小さな赤いリボンが付いている物だった。使用している素材は安価だが技術は凄いと感心していた。


 「お客さん、中々いい目してやすね。それはオレの傑作品なんすよ」


 ネイリーは雑貨職人に声を掛けられ振り向く。


ネイリー 「とても綺麗に出来ているな。私の髪に付けてみても似合いそうだ」


 職人がネイリーに微笑ながら頷く。そして、ネイリーは長いピンク色の髪を1つに束ね赤いリボンの髪飾りで結ぶ。


ネイリー 「どうだ?」


 赤いリボンの髪飾りで結んだポニーテールを職人に様々な角度でネイリーは見せる。職人は拍手をしながら微笑む。


 「ええ、とても似合ってますよ。お嬢さんはお人形さんみたいに可愛いし本当に似合いやす…」


 職人に褒められたネイリーは、様々な角度で見せる為に動いていた足がピタッと止まり頬を赤くする。


ネイリー 「これを頂こう」


 「まいどでやす!お値段は50シルになりやす…」


 財布からお金を取り出す動作をしていたネイリーだが、職人から値段を言い渡されると手が止まる。


ネイリー 「50シルでいいのか?素材を合わせると少ししか利益にならないと思うが…」


 「今日は『豊富祭』なので安売りしているんすよ。それにお嬢さんにはとても似合うからそれでいいんすよ」


 職人からの純粋な微笑を見たネイリーは心を打たれる。職人は髪飾りを丁寧に袋に包みネイリーに渡す。


ネイリー 「大切にするよ」


 髪飾りを丁寧に包んでくれた袋を受け取ると、宝物のように大切にギュッと握りしめる。髪飾りを安く販売し、そして技術も発展していて良い方向に向かっている事についても喜ばしい事だが。―――何より自国の民が優しく人想いである事の方がネイリーにとって心温まる出来事だった。


 ネイリーが財布からお金を取り出し受け渡す瞬間だった。微かに叫び泣き出す声が聞こえ耳がピクッと反応する。


ネイリー 「何事だ!?職人この髪飾りのお代だ!」


 職人にお金を渡すとネイリーは急いで店の外へ出る。外に出ると人々は悲鳴をあげ、絶望の余りかその場で立ちすくんでいる者が大勢おり、先程まで笑顔の絶えない日常が幻だったのであろうかと思う程の光景だった。ネイリーは雑貨屋の側で立ちすくむ親子に声を掛ける。


ネイリー 「おい!急に皆叫びだして何があったんだ!」


 立ちすくむ親子は呆然とし、状況が理解出来ない状態だったがネイリーの声で我に返る。


「急に…。急に妻がいなくなってしまった!!」


「お母さん…。お母さんどこに消えたの…?」


 ネイリーはブロンズ街にいる人々に声を掛けていく。状況が呑み込めず放心状態の者や只々泣き叫ぶ者が口にした言葉はどれも共通していて『急に人が消えた』という状況だった。


ネイリー (こんな出来事『王族』として見過ごす為にはいかない…。こんな悲劇あってはいけない)


———【現在】


 私は何も成せれないまま終わるのだろうか。せめて自国の民に過ごしやすい場所を作ってあげたかった。


 昔、12歳の時に行ったブロンズ街で開かれていた『豊富祭』の民の笑顔は私が描いた理想そのものだ。


 あの事件の前まで開かれる『豊富祭』では民の表情は笑顔で満ち溢れていたけども…その後は事件を思い出し辛そうな表情だった。


 あぁ…。自国でもう一度…あの幸せな『笑顔』を取り戻したかったな…。


―――ネイリー…


 誰かの声が聞こえる…。私が小さい頃に亡くなった母上の声だろうか…。


―――ネイリー!!


 母上が迎えにきてくれたのかな。母上、私は王族として少しでも国の為に頑張れたよね…?


―――ネイリー、起きるんだ!!


 いや…この声は母上ではない。そうだ…私にはまだやる事がある!成し遂げればならない事が!!


 自分の名を声にする人物にネイリーは反応し、ようやく重い瞼を開ける。壁に思いっきり衝撃を受け背中に激痛が走るがネイリーは負けずに横たわっていた状態から起き上がり、目の前の光景を直視するとライトと魔獣ゴブリンが未だに激しい戦闘の最中だった。


ライト 「おい!ネイリー!起きるんだ!」


 「くそっ!どうして闇が効かない!!!『12聖将せいしょう』でもないくせに!!!」


ライト 「俺に闇は効かねーって!!…ゴブ!」


 「闇を無力化出来るのは特殊能力者のはずだけだぞ!!」


 魔獣ゴブリンは闇の能力を扱うが、ライトに効く気配が無く次第に焦りイライラする。


ライト 「ネイリー!!!起きてるんだろ!!最後に殴ってやれ!!」


ネイリー 「なぜ?私は闇に侵されたのでは無いのか…?それにまた殴ったら闇に…」


 ネイリーは座りながら、目の前の光景に目を背け後ろ向きな言葉を吐く。


ライト 「だまされたと思って殴ってみろ!!」


 魔獣ゴブリンと激しい戦闘を繰り出すライトだが、ネイリーに向い叫ぶ。そして、ネイリーはヨロヨロになりながら立ち上がると、一か八かで拳を構え、周りにオレンジ色に光る円を纏う。


ネイリー 「お前の言葉信じるぞ!!くたばれええぇえええ!!」


 ネイリーは最後の力を拳に込めると、猛ダッシュで走り魔獣ゴブリンに向かって飛びつく。

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