第12話 どしたん話聞こか?
色々とあって、五十嵐 霜という女の子の悩みを解決する羽目となった。 ……色々というか、風鈴に頼まれてというだけの話ではあるが。
菓子売り場にてダンボールから暖色ばかりのパッケージを陳列し続ける風見。普段は作業を始める事前に心を殺して行う訳だが、今回ばかりはそうもいかなかった。
サッポロポテトを棚の奥へと押しやりつつ、風見は誰にも聞こえないほどの小さな舌打ちを打つ。
(悩みの解決ったってどうすりゃいいんだよ)
そもそも五十嵐が何かで悩んでいると決まった訳じゃない。そうかもしれないだけだ。「なんか悩んでる? どしたん話聞こか?」とは、とてもじゃないが切り出せなかった。
ただ、風見にも引っかかるワードがあったのは事実で。
「居場所がない…か」
呟いた直後、棚の向かい側から陽気な話し声が複数に聞こえてきた。男の声と女の声…複数のそれらが重なり合い、郊外の静かなスーパーにも関わらず、あっと言う間に活気がついてしまった。
(学生の集団か…珍しいな)
勤め先のスーパーの周りに学校はない。それに駅から徒歩15分ほどのところにあるために、駅前のマクドナルドに入り浸っているような学生の集まりとは普段見ることがなかった。
その物珍しさに顔をのぞかせる。惣菜コーナーにてコロッケをプラスチックに詰める彼らの手には、パックのジュースが握られていた。制服を見るに、近くの高校の生徒達らしい。さしづめ部活帰りだろうか?
当然、ガン見をしていた訳ではなかったが振り向き際の学生の一人と目が合ってしまった。
(やべっ)
すぐに視線をそらして品出しの作業へと戻る。コンソメパンチを黙々と陳列していると、先ほどの学生たちの声が徐々に近づいて来ていることが分かった。
先ほど目線を寄越していたからだろうか? なんて不安が頭の中を過ぎるが、学生なら菓子を買いに来るのは自然か、と自己完結をする。次はプリングルス。
しかし、彼の予想も虚しく学生たちの足音とは風見の前で止まる。
「あのすいませんちょっといいすか?」
荷台に積まれた段ボールと、陳列をする棚とに目線を交互していた風見。だが、彼は先ほど目線が合った学生に話しかけられてしまったのだった。思わず顔が歪みそうになるが、そこはこらえる。
「はい、何でしょうか」
片手に握ったポテリングが潰れないくらいに手を強張らせつつ、風見は愛想笑いを浮かべる。話しかけて来た男子高生も同様に、その焦げた顔に笑みを浮かべていたが、風見にはそれが軽薄なものに映ったのだった。
数テンポを置いて、男子高生はこのようなことを言ってきたのだった。
「あのー。このスーパーに五十嵐が働いているって聞いたんすけどー、それってマジですか?」
「……え?」
予想外の質問に、風見は思わずその眉を大きく上げたのだった。 ……五十嵐? なぜ五十嵐だ? なんて問いが頭の中を駆け巡る。
「ほらぁ急に聞いたから困ってんじゃん。 ――店員さん、五十嵐 霜っていう女の子がバイトをしていると思うんですけど、店員さん知っていますか?」
男子高生の裏に居た友達らしき女子高生が今度は尋ねてきた。さすがに二度目となるとある程度冷静にその問いかけを耳にできた訳だが、やはり聞き間違いではなかった。 ……五十嵐 霜。
…………。
風見は口内に溜まった唾を飲み込んだ後に、実に申し訳のなさげな声で言ったのだった。
「申し訳ございません。従業員のことについては、個人情報ですので」
……それから学生の集団はすぐに店を出て行ったのだった。鼻にさすシーブリーズの香りだけが彼らの痕跡としてそこに残っている。
「…………」
お徳用かりんとうの袋詰めを並べながら思い浮かべるのは、当然先ほどの学生たちのことだった。
五十嵐のことを知っているのであれば、彼女と同じ高校であるのだろう。友達が近くでバイトを始めたから、冷やかしに来た? ……いや、どうだろうか。五十嵐がここで働き始めてからはや2ヶ月だ。冷やかしならもっと早い段階で来ているだろうし、シフトの時間を把握していないこともおかしい。 ……サプライズの線はまだ残っているか?
だが風見がありそうだと思ってしまったこととは、冷やかしとかサプライズとかそういうものではなかった。先刻の男子高生が浮かべた軽薄な笑みを思い浮かべる。重なったのは、英語の教室へと入ったときの光景である。
シフトの時間を終え、スタッフルームにて帰り支度を整える。その後携帯を取り出した風見はメールを出すことにした。当たり障りのない文章にて送る。
5分もしないうちに返事がきた。以前の公園へと来てくれないか、と。
――同時刻。風見宅。
「な、なにこれ」
堅揚げポテトを口に咥えた風鈴が、思わず困惑の声を上げた。彼女が見ていたものとはSNS。検索欄に『五十嵐 霜』と入力をし、押下するとすぐに1枚の画像が飛び込んできたのだ。
「これって霜…だよね?」
トラックを駆ける一人の女の子。肌に張り付いた身軽な服装と、背景にボヤける観客席。言うまでもなくそこは、陸上競技場だった。
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