第11話 マイナス5億300風鈴ポイント
18時37分。風見、帰宅。ビニールを持っていない右手にて玄関扉を開ける。
かかとを踏みながら靴を脱ぎ捨て、リビングの扉をバタンと開いた。冷房23°、風量「強」の冷風が汗ばんだ風見の体を襲う。
リビングの定位置に敷かれた布団を目に捉える。こんもりと膨らんだソレに手をかけた風見は、何も躊躇をすることなく布団を引っ剥がしたのだった。
バサッ
「え!? なになになになになになに!?」
風鈴、起床。
「お前の身体を触る。あとは写真を撮る」
「よ、欲情!? 炎上じゃなくて欲情……ってこと!?」
「シバき倒すぞ。イイからお前は言うこと聞け」
「ぎゃーーー! 乙女の
これ以上つっこんでもうるさいだけなので無視。その代わりに風見は風鈴の体に触れたのだった。
ボディーチェック。手、肩、頭。しっかりと触れられることを確認する。
「じゃあ次は写真だ。3、2、1で撮るぞ」
「おさわり終わり!? あ、終わったのね! はいチーズゥ!!!」
キレ気味に両手の握りこぶしを自身のあごに添えた風鈴。この短時間でもしっかりとキメ顔(正直自然体の方がかわいいと思う)を決めた風鈴へとフラッシュの瞬きが襲いかかる。
風見、写真を確認。その後自身の後頭部を掻いたのだった。
「あーやっぱ写らねぇか。風鈴、ご苦労だったな。飯の用意出来るまで寝ててもいいぞ」
「んーん。眠るのは風見の方だよね? 永遠の」
「……? どういう意味だ」
「おんどれ帰ってくるなり何やってくれとるんじゃっ!」
よく分からん仁侠? っぽい言葉遣いにて詰め寄った風鈴は、風見に説明を強要したのだった。
風見、正座。フローリングに
「絶対に怒られると思ったからバイトの帰り際にミスド買ってきたんだが」
「私のことをお菓子で釣ろうとしているその姿勢が気に入りません。マイナス500風鈴ポイント」
「あ、ごめん」
「……フレンチクルーラーは?」
「あるぞ」
「マイナス300だね」
大真面目な顔にてそのように言った風鈴は、風見が買ってきたビニールの中にあるミスドを確認したのだった。なんなんだよこいつ。
しばらくして正座を続ける風見のもとに戻ってきた風鈴は、よごれた口元を舌で拭き取りつつ、ぎこちない腕組みをしたのだった。
「風見ぃ、ほんとに何があったの? 理由なくそんなことしないと思うもん」
「……」
「話しにくいこと?」
「いや、そういう訳じゃない。ちょっと俺も動転してたんだ。すまん」
「うん。話してみて」
「風鈴、お前に関する事だよ」
そのように前置くと、風見は公園で出会った五十嵐との出来事を話したのだった。 …別れ際に五十嵐が言った『風見先輩、黒の長い髪の女の人と一緒にいましたよね?』という言葉。それは、衝撃的な一言であった。
「…五十嵐は風鈴のことが見えているんだと確信した。深夜に会った時、周りに人なんて居なかったからな」
「風見が私に触ったりとか、写真を撮ったのはなんで?」
「風鈴の方が周りに見えるようになった可能性を考えたんだ。 …触れることはともかく、写真には写らなかったんだから、その線は無さそうだけどな」
「そういうことだったんだ…」
呟くや否や、風鈴は顎もとに手をあて口元を結ぶ。そのまま無言の時間が始まり、窓越しのひぐらしの声が虚しく聞こえてきた。
風鈴は今何を考えているのだろうか? なんとなく検討はつくが、風見が先に喋るべきではないと思った。
それから5分ほどが過ぎたところで、風鈴は顎もとの手を離すとその大きな瞳で風見を捉える。
そうして一言。
「霜の『居心地が悪い』って言葉…アレってやっぱり深夜に出歩いていたことと関係あるよね?」
…………
……………ん?
「え、そっちかよ!」
「あえ? なに、なに?」
「いや、今のくだりで自分のことを案ずる以外あったかよ? だってお前…俺以外に風鈴が見える人間が居たんだぞ」
「うん。それは分かってるよ」
「分かってるならよ――」
「でも霜は苦しんでる」
至極真面目な表情にて風鈴はそう言った。なんの他意もない。純度100%の心配である。
「居場所がないなんて、霜はきっと苦しんでるよ。でもね? そのことを風見に話したということは、本人に自覚があるかは別として、霜のSOSなんだと思う。霜は風見に助けを求めたんだ」
何を根拠に……なんて言葉が喉元から出かけたが、それよりも早く風鈴はしゃがみ込むと風見の両手を包み込んだのだった。
「風見ぃ、お願いがあるの。もう少しだけ霜のお話聞けたりしないかな?」
幽霊のくせして、ひどく温かな手のひら。風見は困惑せざるを得なかった。なぜそんなにも自然体に他人を思いやることが出来るのだろうか? 記憶喪失の幽霊……そのような、言ってしまえば壮絶な立場にも関わらずだ。
人間の闇の部分に大きく触れ、自身すらも酷く不貞腐れてしまった風見にとっては、風鈴のそのような思考とは簡単に容認できるものではなかった。しかしながら、実際に目の前に存在してしまっているのだから困る。
…………。
結果、困惑に困惑を重ねた風見の口から飛び出た言葉とはこのようなものであった。
「きっしょいなお前…」
「マイナス5億風鈴ポイント」
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