第8話 徹夜って何時からが徹夜なの?

 スマホのアラーム音(レーダー)にて実に不快な目覚めをした。この音に対する不快感とは、もともと感じていたものだろうか? それとも、アラームとして使い続けた結果感じるようになったのだろうか? 


 とかいう死ぬ程どうでもいい疑問が歯磨き中に思い浮かんだ訳だが、それは唾とともに洗面所に吐き捨てたのだった。


 外出用のパーカーとスキニーを着て、髪型をワックスで適当に整える。若干ひげが伸びていたが、面倒なので今日は放置。


 ポケットのスマホを取り出す。ロック画面に映し出された時間とは8時30分であった。昨日の就寝が確か3時過ぎだったから睡眠時間は5時間程度だろうか? 普通に眠い。


(カフェインに助けてもらうか)


 大きな欠伸をこぼしつつ、リビングへと向かう。冷蔵庫に買い置きのマーガリンパンがあった筈だから、ソレをコーヒーで流し込むことにしようか。


 そのようなことを考えながら、風見は扉を開いたのだった。


 

「ふふ……ヒヒ……フッ……ヒッ!」


 カタカタカタカタカタカタカタカタ

 


「おい」

「クフフ……くくく……おもしれぇー」

「おい風鈴」

「え?」


 遮光カーテンが完全に締め切られた暗い部屋にて、気色の悪いニヤケ面でPC画面を見ていた風鈴。傍から見たら軽いホラー映像レベルだった。


 呆れた様子の風見を発見した風鈴は、手のひらをヒラヒラと振ったのだった。


「おはよう風見ぃ。もう朝なんだ」

「もう朝って……お前、徹かよ」

「“徹”?」

「徹夜。ほら布団に皺入ってねーし。ずっとPC触ってたろ?」


 ブツブツと言いつつ遮光カーテンを開けると、白色に眩しい太陽の光が一気に差し込んできた。風見は小さく「まぶっ」と言葉をこぼしたが、それは風鈴こんしんの「目がぁぁぁ!」に掻き消されたのだった。


「お前さ。ただでさえ生活リズム狂ってるんだから、せめて徹夜はやめろよ」

「…ずっと気になってたんだけどさ。徹夜って何時からが徹夜なの?」

「あ?」

「だって風見は日付をまたいで、3時くらいまで起きてたじゃん。それは徹夜にならないの?」

「マーガリンパン食べるか?」

「あ、うん。いる。欲しい」


 インスタントコーヒーを注ぎ、残り2つのパンの片方を風鈴に手渡した。コイツにとってこのパンとは朝食にあたるのか? それとも夜食か? なんてやはりどうでもいいことを考えつつ、コーヒーで流し込む。


 そうして朝食を食べ終えた風見は、今だにパンを口にくわえつつ、PCを叩く風鈴の隣に腰掛けた。


「…ごめん。もう切り上げるから」

「いや別に催促をしたかった訳じゃねえよ。ただ、何やってたのかなって」


 風見がそのように言うと、ずっとPC画面を見ていた風鈴がこちらに顔を向けたのだった。 ……? バツが悪そうな、あるいは引け目でもあるような表情をしている。


「なんだよ」

「んーん何でも。この子とチャットしてただけ」

「! チャットは……DMか?」

「うん」

「…そうか。相手はどんなやつだ? 言いたくねえところは言わなくていいから」

「14歳の女の子だって。プロフィールに書いてたの。あと絵がすごく上手いの! 私が好きなアニメのファンアート描いてて。だから『すごくいいイラストですね!』ってコメントしたら、DMが来て…ずっと喋ってた」

「内容はアニメのことだけだよな?」

「ツナちゃん…えっと、相手の女の子の名前が“ツナ”って言うんだけど、その子の私生活のことはちょっとだけ聞いたよ」

「お前はどうだ? 自分のことどこまで喋った?」

「ご、ごめん…」


 急に謝った風鈴に、風見は眉を潜めたのだった。


「なぜ謝る?」

「だって…風見はSNSとかすごい嫌いなのに、私たくさんやりとりしているから」


 俯き気味に話す風鈴。その落ち込んでいるようにも見て取れる表情を目にし、風見は自身の態度が随分と高圧的になっていたことに気がついた。 


(マジかよ…お前)


 心の中で呟きつつ後ろ髪を強く掻いた。ほぼ無意識にあんなヒートアップをしていた自身を省みて、結構引いたのだ。


 風見は椅子の背もたれに体重をあずけつつ、自身の目を腕で覆った。


「すまん。ちょっと正気じゃなかった。ただ…簡単に自分のことをさらけ出してねーか懸念したんだ」

「そこは…大丈夫だよ。風見が私にパソコンを貸してくれることになったときに、約束事したから」

「ああ、した。まぁしたよな。それ守ってるって胸張って言えるなら、俺はなんも口出ししない。今回はすまんかった」

「…SNSってそんなに怖い?」


 おそるおそるの風鈴の問いかけに、風見は思わず立ち上がってしまった。

 

「そりゃあ! …怖えよ。碌に素性を知らない奴らがそこら中に居るんだ。やりとりだって基本は文字だけでよ。そんだけで会話するんだぜ? んなの、こちらの意図が完全に伝わる保障がある訳ない。会話のやり取りだって、現実とは違ってデータとして残っているんだ。下手なコト言っちまってもそうでなくともよ、社会的に……殺されかねない」


 風見の脳裏に焼き付いた最悪の記憶は、鮮明にフラッシュバックをするのだった。震える手を握りしめて、風見らしからぬ弱々しい声で呟くように言った。


「SNSっつーのはよ。人間が現実リアルで出せない感情、その矛先が簡単に向けられる環境なんだ。意志を伝えることだって難しい…ようは危険地帯なんだ」

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