第7話 人間って自分と同じ性質の人を探す生き物だから
「さっき風見が話していた女の子って、名前なんだったっけ?」
帰宅して寝巻きに着替えるや否や、風鈴はそのようなことを尋ねたのだった。風見は目を軽く細めた後に、ため息混じりに返答をする。
「五十嵐。
「いがらし……は長いね。“霜”でいっか。霜のことちょっと遠くから見ていたんだけど、ちょっと不思議な子だったね」
「遠く? あぁ、そういや喋ってたときお前いなかったな」
風鈴はあの時、幽霊のようにスッと消えてしまっていたのだ。文字通りに。
「うん。私が隣だと風見の気が散るかなって」
風鈴は先ほど買ったスナック菓子を頬張りつつそのように言ったのだった。 …意外と気が利くところがあるんだな、と少しは関心したものだったが、風見のエナドリをラッパ飲みしたところで前言撤回した。
風鈴から回収したエナドリ(もう半分しか無い)をチビチビと飲みつつ、風見は五十嵐のことを思い浮かべる。
「まぁ確かに。眠れねえから散歩してるって言うのも習慣化しているっぽかったしな。普通は親が許さないだろう」
「私は深夜に出歩くのがダメとか、そういう線引き? みたいなの分かんないけど、でも霜からはちょっと気になるニオイがしたの」
「ニオイ? 夏場に3日風呂に入らなかった体臭が気にならないくせに、よく言うよな」
「は? 殺そ」
額の血管を浮き立たせた風鈴は、いつかの風見のように机上のリモコンを手にし、それを振りかぶったのだった。
「……あ。お前の好きな深夜アニメ、もう始まってんじゃねーの?」
「え? うわ! やばい!」
慌ててテレビを点け、チャンネルをいじる風鈴。リアタイ視聴へとやけにこだわりがあるらしく、それこそが風鈴の昼夜逆転生活へと拍車をかけているのだった。正直、風見には何がいいのかさっぱり理解できない訳だが。
CMに突入をしたところで、風見は先ほどの会話の続きを促したのだった。
「で、ニオイってなんだよ」
「…風見すぐに悪口言うじゃん」
「互い様だろ? ……いや、悪かったすまん。茶化さねェから」
風見が珍しく、ぶっきらぼうながらも謝罪をする。それを聞いた風鈴は、CMの画面から目を離すことなく語り始めた。
「初めて風見に会ったときも少し話したと思うんだけど、私って…幽霊だからなのかな? ちょっと鼻が利くみたいなの」
「あぁ覚えている。“君からは不吉なニオイがする”って言われた。五十嵐からも同じモノを感じ取ったってのか?」
「うん。風見ほどは強くないけど、でも同じ種類のニオイだったかな? 焦げ臭いというか……そんなの」
「…まぁいいものじゃ無ェのは確かだろうな」
おおよそ3週間前の出来事を思い出す。風鈴と出会って、割とすぐの段階にて風見は不吉な匂いがすると言われたのだ。
風鈴という少女が幽霊である事実を差し引いたとしても、それは胡散臭さ(ニオイだけに)極まりない言葉である訳だが、風見にはどうも心当たりがあってしまった。 ……SNSの炎上、そして人間関係の破綻。特に前者については“焦げ臭い”という評価と強い紐付きを感じたのだ。
風鈴がそのようなニオイを、他でもない五十嵐へと感じ取ったことは果たして偶然なのだろうか? ふと頭の中に浮かび上がったその問いを、風見は頭ごなしに否定出来なかった。
「…風見も、霜のことが気になるの?」
風鈴の問いかけに風見はしばらく俯いていた自身の顔を上げた。こちらをジッと捉える風鈴と目が合う。アニメはエンディング曲とともにスタッフロールが流れていた。
「…………」
風見は即答を出来なかった。手元のエナドリに口を付けてみたり、意味もなくスマホをスワイプしてみたり。そのようなことをしていたら、いつの間にかエンディングも終わり、番組を繋ぐCMが始まった。
「気になっちゃうのは当然のことだと思うよ。人間って自分と同じ性質の人を探す生き物だから」
「…幽霊がそれを語るか」
「あはは。私も元は人間だもん…たぶん」
自身の頬をポリポリと掻きながら苦笑いを浮かべる風鈴。風見はそれ以上に言及をしなかった。代わりに先ほどへの問いかけを返す。ぶっきらぼうに、たった一言のみ。
「…気にはなる。でもそれだけだ」
ネットニュースを上下にスワイプする自身の指先あたりを見つめる。自分の心とか、問題にすら折り合いをつけられない人間が、他人様へと伸ばす手など持っている訳が無いだろう。 …そのような心の声とは、本当に心の声として留めるのだった。
時刻は午前3時。まだまだ深夜と評される時間帯だ。
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