第11話 天狗の弟子入り

 木々を払い除ける音がした……。


「ガサリッ……ガサリッ」


「えっ」

「天狗さまっ―――?」


「ほ、本当にっ!」

「母さまが言ってた天狗さま……?」


 先ほど木々の間を飛び跳ね、獣の様な動きで野盗たちを打ち倒した大猿。

 目の前に突然、現れた人影に紅葉は驚いて目を丸くする。


(大猿の天狗さま……)


 目の前には見た事も無い服を着た、髭面ひげづらの大男が立っている。

 衣服は破れ、髪は伸び放題。髪と髭の区別がつかない程である。

 前髪の隙間からチラリと恐ろし気な瞳が見える。


「…………」


 髭面ひげづらの天狗さま右手を延ばす。

 と、目の前にいる紅葉くれはを襲う様な勢いで迫って来る。


 こまが迫って来る敵に狙いを定め、跳躍する様に体を低く沈めた。


 ガサリッ……ドサッと天狗さまの足がもつれて転ぶ。


 顔を上げると地をう様にして目の前で燃える焚火に手を延ばした。


「……」


 炙っていた干し肉をつかみ取ると、勢い良くかぶりついた。


「……」


 全ての肉を口に押し込むと、天狗さまは意識を失い地面に倒れ込んだ。


「……」


(何っ?何っ?)


 動かなくなってしまった天狗さまに警戒しながら、ゆっくりと近ずく。

 拾った枝で天狗さまを突いてみる……。


 ……反応は……無い。

 

(顔が赤く、吐息が荒い)

(熱もある)

(病気……なの?)


 動かない天狗様の様子を確認すると素早く病の見立てをする。


(……弱った体力……矢じり傷……毒?)


 倒れている天狗さまの腕を持ち上げ動かそうとしたが、少女の力ではこの弱った大男を動かせない。


「狛っ。お願いっ」


 すると天狗さまの着物の襟元を噛んだ狛が、ズルズルと大男を引きずりながら燃える焚火から引き離した。


「…………」


 早速、竹籠から数種類の薬草を取り出すと、石で潰し、火にかけ煎じ始めた。


「よしっ―――」

 そして天狗さまの口を無理やりこじ開け、煎じた薬草を流し込む。


「ぐふっうっ」

 天狗さまは、また力無くうな垂れた……。


 ◆


 大男は辺りに漂う果実の香りで目が覚めた。

 耳もとには、果実の実がどっさりと置かれ、完熟した甘い香りが漂っていた。

 男は果実を両手で掴むと皮ごとかじりついた。

 種も構わず噛み砕き胃袋に流し込む。


「ふうっ」「ふううううー」

「…………」


 一息つくと目を閉じる。

 そして曖昧あいまいな記憶を思い出す……。

 

 大きな瞳の少女が自分の顔を何回ものぞき込む。

 そしてにがいい物を無理やり口に押し込んだ……。


「……」

「くううううっ」


 男は思い出した様に顔を苦々しくしかめると、また眠りに落ちていった。



 ◇◆◇◆ 天狗の弟子入り


 それから数日後―――。

 紅葉くれはこまは、いつもの様に薬草を捕りに裏山に向かった。


「ガサリッ」「ガサリッ」


 突然。

 目の前の木々が揺れ、髭面の大男が目の前に再び現れた―――。


「きゃあっ!」

「天狗さまっ!」


 思わず驚きの声を上げる。

 狛が牙を剥き低い声を発し男を威嚇する。


「……」

小娘おまえが俺を助けてくれたのか?」


「…………」

 コクリとうなずく。


「もうっ、もう体調は良いのですか?」


 少し驚きの表情を見せ目を丸くする……。

 紅葉の大きな黒い瞳が、髭面の大男を見つめ……ニコリと笑う。


「…………」

 髭面の大男は、ニコリと笑う紅葉の姿を探る様に見回した。


「この辺りの村の娘か?」

「……」

「俺が悪人だったらどうするのだ?」


 目の前でニコリと笑う紅葉の顔をいぶかし気ににらみ、低い声で問うた。


「…………」

「天狗さまは……きっと……悪い人ではありませんよね」


「…………」

 目の前の娘は目を細め、少し悲しそうに告げた。


「…………」

「うわ言で……女の人の名を呼んでいました……」

「何回も、何回も……」

「……」

あやまってた……」

「…………」


 髭面の大男は、思わず顔をそむける。


「ちっ」


 自分の秘めた心をこの小さな娘に見透かされた様な……。

 体裁が悪いといった態度で、一言吐き捨てた。


 大男は腰をかがめると、紅葉の顔を覗き込む。


小娘おまえに御礼がしたいのだが……」

「あいにくだが……何も……」


 と、伸び放題の髪をグシャグシャといた。


「…………」

 紅葉は大男の左手に握る剣をチラッとみると、頭をく大男の目を見た。


 紅葉は、両手の平を組み合わせ、胸元に捧げる。

 目を閉じ……大きく深呼吸をすると……目を開ける。


「天狗さま……」

「私……強くなりたい……」

「天狗さまのように……強くなりたいっ」


 目の前の小さな娘の真剣な眼差しに、大男はボサボサの髪をまた掻いた。

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