第5話 紅の二人 悪党

 山の湖畔を栗色の二頭の馬が競う様に駆けていた。

 秋の夕暮れ。

 山々の木々は美しく色づき、湖一面に映る色彩の景色をそよ風が揺らしていた。


紅葉くれはあねさまっ!」

「そこの茶屋で一休みしましょう」


 馬を並んで走らせていた、紅巴いろはが声をかける。


 二人は山向こうにある知り合いの御屋敷から依頼があり、病人の見立ての帰り道である。

 

 二人は茶屋の小路に入り、店の木陰に馬をゆっくりと歩ませる。


「どうっ」「どうっ」


 二人は馬からフワリと降り立った。


 一人は、明るい浅葱色あさぎいろの生地に繊細な模様の刺繍を施した着物に赤や緑の錦の帯締め姿。

 もう一人は、上質な黒色生地の着物に紅の帯締め姿。

 二人とも馬乗りはかまに日除けの旅笠を深くかぶった姿は、若い男装貴族のよそおいいである。

 

 店に入ると顔なじみの店主が、現れニコリを挨拶をする。


「いらっしゃいませ」

「今日も御二人で……」


 店主は微笑ほほえまし気に目尻を下げる。


 二人は旅笠をチラリと上げ、挨拶代わりに微笑んだ。


「酒とつまみを見繕って頼むっ」


 席に座る間も無く、待っていた様に紅巴いろはがすぐに注文する。

 二人は湖面の良く見える卓に腰掛けると、一息ついて色づく景色を見渡した。

 

 暫くすると注文の品が運ばれて来た。


「はいっ。お待っとさんっ!」


 徳利に入った地酒と焼いた銀杏ぎんなんが皿に一盛、卓の上に置かれる。

 旬で採れた焼銀杏ぎんなんの香ばしい良い匂いが漂う。

 さっそく湯飲みに酒を注ぎ、口に運ぶと地酒の甘い香りが鼻を抜ける。

 「これっこれっ」と言いたげな目で二人は目を細める。

 殻を指で割ると中から翡翠石ひすいの様な鮮やかな実が顔を出す。

 二人は指でつまむとパクリッと口に放り込んだ。


 鬼娘が屋敷に居座って三年の月日が流れ様としていた。

 紅葉くれはの側らには、常に鬼娘・紅巴いろははべっている。

 

 村ですれ違った村人が、並んで歩く二人の娘を見て振り返る。

 褐色の肌は、よく日に焼けた娘と言えばいい。

 その内なる剛力ちからは人目に隠せばいい。


 紅葉は息子の経若丸きょうわかまるの横に並んで読み書きを教えた。

 武術の基本や剣技を教えた。

 この鬼娘に備わった武の才や独特な能力には驚かされる。

 残念ながら、この鬼娘には音楽の才は無い様である。

 

 「紅葉くれはあねさま」と鬼娘・紅巴いろはは妹の様に言う。

 肌の色さえ同じなら、本当の姉妹と見紛みまがう程である。

 

 ◇◆◇◆ 悪党


 店の通りで数頭の馬が慌ただしくいなないた。

 そして、ガチャガチャと音を立て男たちの声がする。

 

 湖畔の景色を眺める紅葉と紅巴の二人の卓に、その数人の男たちが近寄って来る。

 無精髭ぶしょうひげの男、後ろに付き従う武器を手にする男たちも見るからに悪人の風体ふうていでる。


「ガシャン」


 二人の座る卓の上に手に持っていた太刀を無造作に置く。


 そして男は髭を撫でながらぶっきらぼうに声をかける。 


「おいっ!」

「お前らっ」

「なかなか良い馬を持っているなっ!」


 嫌味な顔である。


「あの馬は、俺らがもらっていくぞっ」


 おどしに似た、凄みを効かせた声であごをしゃくった。


 無精髭の男たちから見れば、旅の途中の何処ぞの金持ち貴族。華奢きゃしゃな二人の体格を見てあなどった口ぶりである。


 店の店主はあたふたと慌てる。


 無精髭の男たちは、二人を品定めする様に衣服と持ち物を見定める。

 そして、ニヤリッと口元を上げて、後ろの男たちに何やら合図をする。


「俺たちはっな!」

「朝廷を倒す為に立ち上がった義勇の志士ししっ……」

土蜘蛛つちぐもの一党じゃ……」


「ふふっ」

「お前たち裕福そうな若衆だなっ!」


 太刀を手に持つと一斉に後ろの男たちも武器を構えた。


「……金目の物も置いて行ってもらおうかっ!」


 ガンッと手に持つ太刀を卓に打ちつけた。


「ちっ!」


 紅巴いろはが無精髭の男の声に苛立いらだたし気に、きょうが冷めた様子で小さく舌打ちをする。


「がはっ!」


 声をかけた無精髭の男が短い悲痛の声を上げ、数歩フラフラと後ずさりする。

 腹を押さえながら地面に倒れ込んだ。


「寄るなっ! 地虫めがっ!」


 紅巴いろはさや先が、男の腹部にめり込んだのだ。


「お前っ!」


 男たちが騒めき立ち、一斉に武器を身構えた。

 

 受けて立つ紅巴いろは

 小太刀を肩に担ぐと男たちを見回した。 


 背後から男が太刀を振り上げる。


「ぐはっ!」


 紅巴いろはの体がクルリッと半回転したかと思うと、振り放った裏拳うらけんが背後の男のあごに命中し男は横に弾け、気絶した。


「うっ」「ぎゃあああ」


 もう一人の太刀を振り上げた男も悲鳴を上げると地面をのたうちまわる。


 紅葉くれはが指ではじき飛ばした殻付きの銀杏ぎんなんの実が、男の眉間の急所に命中した。


「なっ何じゃお前らっ!」 


 残った男が言葉を吐き捨てながら、後ずさりする。


「俺らっ土蜘蛛をっ……」


「何じゃあとっ……」

 紅巴いろはが、男の言葉を遮り、ギロリッとにらむ。


「おっ覚えていろっ!」

「お前らっ!」

 

 慌てて逃げようとする男の背を見て、紅巴いろはが跳躍する。


 横に払った一撃が男の腹を打ち抜く。

 男は膝から崩れ落ち小刻みに震え、動かなくなった。


 ……風に吹かれて落ちた葉が、色彩の湖面を静かに揺らした。


「……」

「そろそろ帰りましょう」


 紅葉くれは紅巴いろはの二人は、何事もなかった様に席を立つ。

 目を見開きながら口をパクパクとする店主の手の平にズシリと代金を置いた。

 

 二人は馬にまたがり、あぶみを蹴った。


 馬は前足を高く上げ、一声嘶くと二頭並んで駆けていった。


 店の店主が遠く小さくなっていく二人を見送る。


 「紅の二人……」

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