第13話 黒服の刺客

 深い緑の木々が茂る山の中腹辺り。

 山鳥たちが驚きの声を上げ一斉に空へと飛び立つのが見えた。

 

「くそっ」

「しつこい奴らめっ」

 

 『天狗さま』こと紅葉の師匠が、槍を手に吐き捨てる様に後ろを振り向く。

 何かに追われる様に辺りを警戒し、山の中を走っていた。

 

 突然。

 駆ける師匠の前方を二人の人影がふさぐ。

 黒いなめし革の服に、つばの広い笠を深くがぶり、手には見た事もない槍のような武器を手にしている。

 黒服の男たちは、重心を落とすとマントをひるがえし武器を構えた。


 走り込んで来る師匠は足を止めるず、前に立ちふさがる二人に突っ込んで行く。


 シュッシュッと鋭い槍の突きが黒服の男から放たれた。

 槍先を紙一重でかわすと、すかさず昆棒の一突きを相手の胸元に放った。


「うっ!」


 短い悲鳴とともに黒服の男の体がぐらつく。


 もう一人の男の槍先が横合いから鋭く抜けて来る。


 師匠は体をひねりながら槍先をかわすと、相手のふところに飛び込み、棍棒を薙ぎ一撃、二撃を食らわす。


 二人の男たちは、ほぼ同時に地面に倒れ込んだ。


 そのまま目の前に立つ大木の幹を猿の様に駆け上がると空中で身をひるがえし、後ろから追って来る敵に飛刀ひとうを投げた。


「シュシュッ」

「うっ」


 飛刀ひとうは正確に相手の急所に命中し、前のめりに倒れ込んだ。


 倒れた敵に突き立った飛刀ひとうを素早く抜き取ると腰帯に収めた。

 一、二、三、四、飛刀の残数を指で素早く確認し、大木の影に身を隠した。


「ふっ」「ふっ」

「残り五人ほどか?」

「くそっ! まだ別動隊がいるのか?」


 その時、良く通る大きな声が森に響いた。

「国を裏切った大罪人、李忠りちゅうよっ!」

「……」

「観念して出てこいっ!」

 

 後から追って来た黒服の大男が、周りを見回し敵を挑発する様に大声を出す。


「周辺は既に包囲したっ!」

「我々、左近衛兵さえいからは決して逃げられんぞっ!」

「……」

「おとなしく投降し、その奪った剣を渡せっ!」


 黒服の大男は地鳴りの様な声で重い闘気を発した。


 ◇◆◇◆ 黒服の刺客


 その男たちは突然、この地に現れた。

 長いマントに身を隠し、大きなつばのある笠をかぶった黒服の刺客。

 それぞれが手に武器を携え、風の様な軽い足取りで走り抜ける。

  

 紅葉くれはは、いつものように山へ薬草を採り出かけていた。

 

 微かに複数人の声がする。


 声の方へ歩んで行くと前方に黒服の男たちが数人集まっているのが見えた。


「あっ!」


 慌てて木陰に身を隠した紅葉は、黒服の男たちに見つからない様に様子を覗う。

 見たことのない服装、見るからに怪しい男たち。


(お師匠さまを捕まえる為の追手っ!?)

 

 ガサリッ木陰を移動する人影。


「うっ」

 一瞬息が止まる。

 大きな手が紅葉の首元に回され、身動きができない。


「動くなっ!」


「娘っ! こんな所で何をしている?」


 すごみの効いた低い男の声が問いかける。


「……んっ、んんっんっ」

 

 娘は肩を揺らし、薬草篭をアピールする。


「ちっ! ……村の娘かっ」

「来いっ!」

 

 後ろ手を取られたまま、集まっていた黒服の男たちの所に引き立てられていく。


「どうした?」

 

 黒服の男たちが振り向き、一斉に紅葉とその男に厳しい視線を放った。


「この娘がそこの繁みに隠れていた」

「どうする?」


 鋭い目をした男が探る様な目つきで、紅葉をにらむ。


「厄介だっ」

「後々面倒にならぬ様にその娘を始末しておけっ」


 と首に手を当てる動作をする。


 鋭い目をした男は短い口調で命令するとサッときびすを返し、また話しを続ける為に黒服の男たちが集まる円に戻った。


 ◇


「俺達は奪われた剣をさっさと回収し、を始末して本国へ戻るぞ」


「くそっ!」

「何故、俺達がこんな辺鄙へんぴな島国まで来なければならんっ!」


 手に槍を持つ男が不満を口にする。


「四弟よっ。まあそう言うな」

「これも重要な御役目だぞ」


 立派な顎髭あごひげを生やした男が、不満を口にした男をなだめる。


「大兄っ―――いや隊長っ!」

「俺は本国の反乱軍どもを早く叩き潰したいんだよっ!」


 と手に持つ槍を振る。

 言う程に肩口から覗く露わになった両腕は鍛えられたくましい。


 黒服たちの隊長は、男の肩をポンポンと軽く叩く。


「よしっ!」

「俺達は早速、を追う」

「四弟と末弟は、ここで援軍と合流して追って来い」


「はっ!  承知しました!」

 黒服の男たちの中で一番若そうな男・末弟と呼ばれた青年が、慣れた口調で元気に即答する。


「しかし、十分に気を付けろよ」

を追っていた先行隊が戻っていないっ!」


「まさか一人で隊を全滅させたか?」


 ふんっ。隊長は髭を撫でると目を細めて言った。


 黒服の隊長は指示を言い残すと数人の男たちを連れ、森の中へと消えて行った。


 

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