第14話 危険な娘

 黒服の隊長がその場を去った後、両手を縛られた紅葉くれはと黒服の男が二人、援軍合流の為にその場に残されていた。

 

 顔に刀傷のある大柄な男・四弟が、ジロジロと紅葉を見定める。

 

「ほうううっ」

「この娘……始末するにはもったいないなっ!」


 顔を覗き、首元、腰の辺りをゆっくりと見下ろしていく。

 紅葉が男の視線にそっぽを向く。

 

「おいっ」

「この小娘。いい物を持ってるぞ」


 紅葉の腰に下げた瓢箪ひょうたんを取り上げる。


「あっ! そのお酒はっ!」 


 口を開きかけた紅葉が、口をつぐみ押し黙る。


 刀傷の男は、おかまい無しに瓢箪ひょうたん数回振ると栓を抜いた。

 匂いを嗅ぐ……。


「おおおっ」

「久しぶりの酒だっ」

「この島国に来て、御無沙汰してるからなっ」

 

 ゴクリと喉を鳴らす。


「援軍が来る前に気付けといくか!」

 

 言うのが早いか、瓢箪に口をつけつとゴクゴクと酒を流し込む。


「かっあああ!」

「うめえっ!」


 続けて、ふたくち目も口から溢れる程に流し込んだ。


「ぷはっあああっ!」

 口を着物のそでで拭う。


 苦言の一つも言いたげな顔の末弟が眉間に皺を寄せた。

 

 刀傷の男は、その歳若い末弟に瓢箪を差し出す。


「お前も飲めっ!」

 

「わっ、私はっ!」


 末弟は首を振り手でさえぎる。


「お前っ。先輩の勧める酒が飲めねえのかっ?」

「隊長から少し気に入られていると思って、いい気になるなよっ!」


 酒がはいった男は、末弟を睨み付ける様に袖をまくった。

 

 末弟は渋々と酒の入った瓢箪を受け取る。

 そして口を当て酒を流し込んだ。


 ◆


「おいっ! まだ援軍は来ねえのかっ」 


 刀傷の男が空になった瓢箪を投げすてると苛立出いらだたしし気に吐き捨てた。

 

 縛られた紅葉をニヤリと見る。

 そして近寄って来る。


「四兄っ!」


 末弟が顔に刀傷のある男を止める。 


「ちっ! 解かってるよっ!」

「さすがの俺もこんな小娘を始末したら、寝覚めが悪くなるだろうがっ!」

「この小娘は、援軍の奴らに引き渡すっ!」


「だがな……その前に……」


 すでに酔いが回ったのか、赤ら顔のにやけた顔で紅葉の首元に手を伸ばす。


「おいっ……小娘っ!」 

「へへっ」


「おま・え……」


 刀傷の男の足がもつれ、よろよろとバランスを崩す。

 バタリッとその男は前のめりに地面に倒れ込んだ。


 異変に気づいた末弟が、声をあげ二人に走り寄る。


「娘っ!。―――何をしたっ!」


 走り寄った末弟も途中で片膝を落とす。


「なにを……した……」

 クッ。そのまま意識がもうろうとして倒れ込んだ。


「……」

「あらあらっ」

「そのお酒は……」

「お師匠さまの為に特別に調合した……良く眠れるお酒なのに……」

 

 時を待っていたかの様にモゾモゾと縛られた縄を解く。

 そして倒れた男たちを確認する。


「何か軽くて私でも使えそうな良い武器はないかしら?」


「あらっ!」

「これがいいっ……」


 末弟が腰に差していた武器を抜き取った。


(これって……打針鞭だしんべん?)

(お師匠さまから習った武術の一つだわ)

 

 その武器は竹を模した様なふしが幾つか施された鉄鋼製の硬い鞭である。


(切った竹を打針鞭だしんべんの代わりにして)

(よくお師匠さまと稽古したやつだ)


 その打針鞭を握る手元には、珍しい翡翠ひすいの美しい玉飾りが付いている。

綺麗きれい……) 


「ヒュン」「ヒュン」


 数回、打針鞭を振り馴染み具合を確かめる。


「あらっ。これはっ」


(打針鞭の中芯しんなまりりが仕込まれて、上下に移動する)

(鞭の振り方によって打つ威力が調整できる高級品だあ)


「これっ!いいっ! 凄くいいっ!」

「……」


 クルリッ、クルリッと体を回転させ打針鞭を振る。

 鉛の仕掛けを丁寧に確認する。


「早く、お師匠さまに黒服の刺客の事を知らせないと!」

 

 紅葉は黒服の男からうばった打針鞭を腰帯に差し込む。

 そして通い慣れた山道を駆け、師匠のいる洞窟へ急ぎ向かった。


 ◆


 師匠がねぐらとする洞窟に紅葉は息を切らせながら揚々とたどり着いた。

 辺りを見回したが争った形跡は無く、何事もなかった様な静けさに包まれていた。


「お師匠さまっ!」

「お師匠さまっ。居ますかっ!」


 洞窟の中で叫んでも、師匠からの返事は無い。

 洞窟の壁に反射する虚しい声だけが響いた。


 そこへ紅葉の声を聞きつたのか、途中ではぐれたこまが尻尾を大きく振りながら走り込ん来た。


こまっ!」


 足元を走り回る狛をかかえ上げると抱きしめる。


こまっお願いっ!」

「お師匠さまを探してっ!」


 何か言いたげに大きな黒い瞳を紅葉に向ける。


 体をよじると腕の中から跳び出した。

 そして、ひと際高い大きな木の上にササッと駆け上がった。


 ピクピクと耳動かすと耳を澄まし、匂いを嗅ぐ様な仕草で森の中を見渡す。

 

 暫く辺りを見回していた狛が、山猫の様に身軽に身を回転させ地面に着地した。

 

こまっ」


 そして紅葉を誘う様な仕草で首を振り、前を駆けだした。

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