食事とキミ。①
「今日、六時半中央駅前集合ね。遅れたら、絶対ダメだからね」
「分かったよ。じゃあ、また後でね」
住宅街の曲がり角を、彼女は小刻みに足を動かし去っていく。今の時刻は、五時ちょうど。彼女に、遅れるなと言われたが、一時間の猶予がある。遅れることは、絶対にないだろう。とりあえずは、家に帰って準備でもしよう。
家に帰り、一通り準備を終えた僕は時計を確認する。まだ時間には余裕があったが、万が一遅れた場合、彼女に何かわ言われることが目に見えていたため僕は早めに家を出た。
すっかり夕暮れに染まりきった町が訪れる夜の匂いを内包していた。
約束の三十分前に駅に着く。退勤する人や、外回りをする人の中間地点とも言える、この中央駅は人でごった返していた。
スマホを開き、彼女に着いたとメッセージを送ろうしたが、少し遠くからこちらへ駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。だんだんと足音はスピードをまして、軽快な音に変わっていく。
「琴くん〜!」
足音にチェック柄のワンピースに身を包んだ彼女の声が乗って、僕はやっとその方向を向いた。
「早いね、来るの。まだ約束の三十分前だよ」
「それは琴くんもだよ。そんなに私とご飯食べに行くのが楽しみだった?」
「遅れると、とやかく言われそうだったから早く来たんだ」
「えっ、酷い」
目を開いて威嚇するように彼女は言う。僕はその顔があまりにもおかしいので笑う。
「何その顔、面白い」
「女性の顔見て面白いって!もう、デリカシーがないんだから」
ハリセンボンのようにほっぺを膨らませて彼女はそっぽを向く。ご機嫌をとるように僕は取ってつけたように「クレープを食べに行こう。奢るよ」と言う。
彼女は「物では釣られない、それに夜ご飯前だし、あまり食べないよ」と言っていたが、腕を引っ張ってクレープ屋にリードしたのは彼女だった。言葉と行動が一致してないのを見ながら、僕は連れて行かれるままクレープ屋に向かった。
中央駅を一歩出ると、片田舎が顔を覗かせる。中央駅周辺は開発が進んでおり、都心部にも負けない華やかさがあるが、それはそこだけに限った話だった。一歩外に出てしまったら、まるで異世界転生したように違う町が顔を覗かせる。
街灯の少ない歩道では車のライトが足灯りを照らしてくれる。
「ここだよ、ここのクレープが美味しいんだ」
腕を連れて行かれるまま着いて行った先は、とある商業施設に入ってるこぢんまりとしたクレープ屋だった。店内で食べるスペースはなく、店外での受け取り専門店らしく窓口が一つだけある。
「そうなんだ、それで何食べる?」
少しだけ半信半疑の気持ちでクレープを注文する。彼女はいちごとバナナの生クリームクレープを注文し、僕はチョコバナナクレープを注文した。
「ありがとうね、クレープ」
「いいよ、気にしないで」
クレープ屋の近くにあったベンチに腰をかけて、僕と彼女はクレープを食べ始める。
ある程度食べ進めていると彼女は「一口貰っていい?」と言ってきた。僕は一口ぐらいならばと思い「いいよ」と返した。
手に持っていたクレープにパクリを彼女がかぶりついた。生クリームを気にせずかぶりついたため、ほっぺにクリームがついていた。何気なくそのクリームを紙で拭いてしまったが、ふと我に返り自分のした事の恥ずかしさを自覚する。
「あ、ご、ごめん」
「琴くん、クリーム拭いたことより普通間接キスしたことの方で照れたりしない?」
「……確かに」
僕は彼女に一口あげたクレープを思いながら、間接キスした事実を今更ながらに自覚した。
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