告白②

 ひとしきり泣いた僕と彼女は目の下を赤く腫らして見つめあっていた。まだ、言われたことが噛み砕けずに飲み込めていないけど、嘘では無いことは確かで事実じゃなくて嘘だと言って欲しかった。無言が続く僕の部屋に夕陽が射し込む。


「……ごめんね、楽しい遊びだったのに壊しちゃって」


 彼女が口を開く。必ず最初にはごめんねを添えて。何も悪くない彼女が謝るのは心が針山に刺されたように痛くて、何も出来ない自分がやるせなくて情けなく思えてくる。

 必死に笑おうとする彼女は不恰好で痛々しかった。凛としていて、何にも負けないような雰囲気をまとっている彼女は現代の医療では到底敵わないような病魔に侵されている。そんな素振りは見せずに、ずっと前向きに明るく生きている。


 過去に囚われて人と関わろうとしない僕と、病魔に侵されながらもこの世界に希望を見出し続けてる彼女。


 僕が彼女の希望を奪うような存在になってしまってどうする。母の死からはもう何年も経っていて、心は立ち直っているんだ。彼女が関わる楽しさを思い出させてくれたならば、その恩を返さなくてどうする。いつまで、僕は過去を後ろを見ているつもりなんだ。


 分かっている。僕が彼女にかけるべき本当の言葉を。


「月海さんさ、ずっと文化祭の出し物したいって言ってたよね?あれするよ、僕」


「え……でも琴くん、あんなにしたくないって」


「人は変われるんだ。それを月海さんが僕に気付かせてくれたんだ。恩を返さずに遠い場所へ行かれしまっては困るからね。物語の脚本は僕が書くよ。腐っても昔は物書きだったからね」


 地獄だと言い続けてきた文化祭の出し物をすることを決める。希望を見出している彼女の少しの助けになるならば、業火なんて痛くも痒くもない。


 彼女の目からぶわあっと滝のように涙が溢れる。


「本当にいいの。嬉しい……嬉しい」


 口に手を当てて嗚咽を漏らしながら彼女は泣く。近くに置いていたティシュを箱ごと渡して涙を吹くように言う。


「これで涙吹きな。‎顔凄いよ」


「女の子にそんな事言わないの」


 鼻をかんで少しすると彼女はいつものの調子に戻っていく。


「まさか、琴くんが文化祭の出し物してくれるなんて。私、夢でも見てるんじゃないかな」


「ほっぺつねってみたら?全然現実だから」


「痛い!夢じゃないや、本当に現実だ」


 自分のほっぺをつねって、頬を赤くする彼女。さっきまでの泣いていた顔は霧のように消えていつものの楽観的な彼女に戻っていた。


「あぁ、もう外暗くなっちゃう。私、そろそろ帰るね」


「玄関まで送って行くよ」


 窓の景色が段々と藍色になっていく。階段で降りて、玄関まで見送ることにする。


「それじゃあ、今日はありがとうね。後、色々とごめんね」


「大丈夫だから謝らないで。それじゃあ、また明日」


「あの木陰で待ってるね、琴くんのこと。じゃあ、また明日ね」


 そう言い残すと彼女は僕の家を後にする。


 僕は二階に上がって、自分の部屋の横にある母さんの部屋の前に立っていた。長いことずっと入っていない母さんの部屋。父さんは定期的に掃除をしているため入っている。


 母さんの部屋には思い出と閉まってしまった夢がある。ドアノブを捻って部屋に入る。


 インクの匂いがいつも充満していた母さんの部屋は今はもう何も匂わなかった。でも、部屋を埋めつくしてしまいそうな程の本の量は何も変わっていなかった。母さんが生きていた時の時間でここは止まっていた。


 母さんがいつも休憩する時に使っていたベットの下に僕は自分の夢をしまいこんでいる。腰をかがめて、ベットの下に手を伸ばすとアルミニウムで作られた箱に手が当たる。ぎゅっと掴んで外に引っ張り出すと埃まみれで咳が出る。


 蓋に大きく書かれた夢の箱。五年生の頃の自分の汚い字で書かれている。蓋を開けると、母さんがくれた万年筆や原稿用紙などが沢山入っていた。原稿用紙はくちゃくちゃで使えそうにはなかったけど、万年筆は今でも使えそうだった。


 ガラスで作られて金魚の模様が描かれた万年筆は母さんが大きくなった時に使いなさいと言ってくれたものだった。これが最期の母さんからの贈り物だ。


「ん、なんだこれ。こんなの入れたっけ?」


 箱の一番下に綺麗に封がされた手紙らしきものがあった。五年生の頃の自分はこんなの書いた覚えも入れた覚えもなかった。気になって手に取ってみる。手紙の後ろを見てみると母さんの文字が書かれていた。手紙には琴へと書かれていた。


 僕は母さんの机の上にあったペーパーナイフを手に取って糊付けされた封を綺麗に破る。中には手紙が一枚入っていた。その全てが母さんの字で、僕も知らない母さんからの手紙だった。


『琴へ。これを読んでいるということは悩みが吹っ切れて、夢の箱を開けているってことだね。どうせ、琴のことだから母さんが死んだあとは小説家の夢を諦めると思うからね。琴がずっと夢を諦めていたらこの手紙は読まれないことでしょう。でもそれでもいいの。私が勝手に書いているだけだから。琴、もしこれを読んでいるなら夢を諦めないで、そしてやるべき事はちゃんとやりなさい。諦めてしまった夢をもう一度取り戻そうとしている琴だから必ずできるよ!空の上から母さんは見ているからね!PSこの手紙は健三さんに協力してもらいました』


 僕はまた泣いていた。母さんは自分のせいで息子が夢を諦めることを知っていて、これを遺したのだろう。直接言わないで未来の僕に託すとは母さんらしくて、嬉しくて、母さんが近くに居る気がした。この世にはいないけどこうして心は繋がっている。

 過去に囚われて足踏みをしていた僕は手紙の追い風を受けて、今走り出す。母さんの手紙と万年筆をバトンにして。もう、縛る鎖はない。今は自由なんだ。僕は夢をまた取り戻した。


「ありがとう、母さん。僕頑張るよ」


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