告白①

「おっさんがいても二人とも楽しくないだろう?琴の部屋で話して来たらどうだ?」


「えっ?ふ、二人?」


「リビングで話していても俺というおっさんがいるし、話しずらいだろう?ほら、上がった上がった」


 半ば強引に自分の部屋に帰される。確かに父さんが居たらあれかもしれないが、年頃の男女が同じ部屋に二人きりというのもあれだろう。


 しかし、リビングを追い出されてしまった今は自分の部屋に入る以外の選択肢は残されていなかった。


 心臓は早鐘を打ち始める。川の激流のように血液は体を流れて頭がクラクラし始める。手が震え始める。力をグッとこめて震えを止める。ドアノブに手をかけて、奥に引く。


「ここが僕の部屋。少し散らかってるかもしれないけど気にせずくつろいで」


「う、うん。わかった」


 彼女もぎこちない動きで床に座る。僕は机を挟んだ前の席に座る。二人で顔を見合せて、しばしの沈黙。先に口を開いたのは彼女だった。


「あ、さっき言いかけたこと。言ってもいいかな?」


 改まった様子で彼女が言う。僕は固唾を飲み込んで、黙り込んだまま首を縦にふる。えっとね、と前置きしてから彼女は話始める。


「さっきのお話で出てきた少女って多分私のことだと思う」


「……えっ?どういうこと?」


「私ね。五年生の頃にね、口から花を吐いたんだ」


 僕は何を言ってるんだと思った。人が口から花を吐くことなんて有り得ない話で、幻想の世界では有り得るかもしれないけどここは現実の世界で魔法も何も無い平凡な世界だ。


 でも、彼女の顔は真面目な表情をしていた。それを見て、僕は嘘では無いんだと思う。知らないうちに手に力が入っていた。


「おかしな話に聞こえるかもしれないけど、全部本当の話で私が初めて病院に行った時、お医者さんから言われたんだ。君は十八歳になったら死ぬ病気。十八病にかかってるって。何年か周期で一人か二人が患う病気なんだって」


「ま、待ってよ。どういうこと?意味が分からないよ、十八歳になったら死ぬ病気?ここは異世界じゃないんだよ?ごく普通の平凡な世界なんだよ、そんな病気有り得るはずがないよ」


 僕は信じられなかった。彼女の口から告げられた余命宣告を。心のセキュリティが言われたことを弾こうと強く鼓動し始めて息が荒くなっていく。


「嘘じゃないんだ。琴くん」


「で、でも!」


 声を荒らげてしまう。どうしても信じたくなくて、夢だと思いたくて。幼い子供がわがままを言うように声を張り上げて耳を塞ぐ。優しく包み込むように彼女は話を続ける。


「琴くんが私に出会って楽しさを思い出したって言ってくれた時は、嬉しくて照れくさかったけど同時に申し訳なかったんだ。また君に琴くんに悲しい思いをさせてしまうって。私が、私が琴くんに会わなければこんな思いをさせなくても良かったかもしれなかった。本当にごめんね」


 彼女の頬から涙が伝う。顎のラインを滑っていき、床へぽたりと一滴。僕の目からも雫はこぼれていた。栓が壊れたようにとめどなく溢れて出てくる涙は服を濡らしていく。


「……謝らないで。月海さんは悪くないよ。悪くないから大丈夫」


 泣く彼女を慰めようと必死に言葉を紡ぐが、拙くて頼りなくて慰めるには弱すぎた。微弱な力は大きな力の前では無力で壊れた栓を止めることは出来ない。


「琴くんと仲良くしたいって思ったのも、あの時出会った子の名前だったからなんだ。だから、琴くんが本当にそうだって分かった時は嬉しかった」


「えっ。じゃああの時声をかけてくれたのは」


「うん、私だよ。月海紅葉。五年生だった琴くんに話しかけたのは私」


 元気にいて欲しかった少女は目の前にいて、まだ病気を患って僕の目の前で泣いている。


「でも、名前が同じだからって話しかけなかったらこんな思いさせることは無かった。ごめんね」


「謝らないで。お願い」


 しきりに謝る彼女は何も悪くない。誰も悪くない。たまたま、世界人口七十億人の中で、この病気にかかるのは何年に二人か、一人。彼女はそんな運の悪い宝くじに当たってしまっただけなんだ。

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