君の話⑪

 次の日彼女はやってきた、僕の家に。ワッフル色のワンピースを着て、手には土産がぶら下げられていた。どことなく緊張している雰囲気が感じとれた。


「いっらしゃい」


「お、おじゃまします」


 彼女は手足を一緒に出しながら、玄関で靴を脱ぐ。どことなくでなく、ガチの緊張をしているらしい。リビングの扉がガチャッと開く音がして、松葉杖を付かずに父さんが出てくる。


「あ、君が琴の言っていたお友達かな?」


「父さん、今すぐスーツを脱いで松葉杖を持ちなさい」


「いや、でもカッコつかないじゃないか」


「カッコつける必要なんてない。ほら、早く着替える」


「は、はい」


 スーツを着てバッチリ決めている父さんに着替えるように言う。流石に髪の毛はセットしていなかったが、足が悪いというのに松葉杖も付かずにカッコつけようとする父さんは本当にアホという以外なんと言えばいいのだろうか。

 しょんぼりと肩を落としながら父さんは着替えに行く。


「ごめん、変なところ見せた。何も見なかったことにして上がって」


「琴くんのお父さん面白い人だね」


「面白いけど、いつもあんなだから大変だよ。お茶入れるから座って待ってて」


「うん、分かった」


 彼女をリビングに案内して座って待ってもらう。冷蔵庫からお茶を取りだして、お客様用のコップにお茶を注ぐ。待てを命じられている犬のようにソワソワとしている彼女の前にお茶をだす。


「紅茶とかオシャレものは無いけどごめんね」


「いや、全然いいよ」


 まだ彼女は緊張しているようだ。いつものの調子じゃなくてこちらも少しだけ調子が狂う。二人の間にしばしの気まづい沈黙が流れる。沈黙を先に破ったのは彼女の方だった。


「あ、これクッキー。琴くんのお父さんと一緒に食べて」


「ありがとう。ちよっと片付けてくるね」


 貰ったクッキーを片付けに僕は席を立つ。お菓子の棚にクッキーを入れて、席に戻ろうとすると彼女の視線が母さんの方に向いていた。まあ、気になるよな。仏壇が置かれていたら。


「……母さんは僕が5年生の時に亡くなったんだ。末期の癌でね、治らないって言われてたんだ」


「あ、ごめんね。まじまじと見て」


「ううん、全然大丈夫だよ。気になるよね、置かれていたら」


「聞いても大丈夫?さっきの続き」


「全然大丈夫だよ」


 母さんが亡くなってもう七年になる。心の傷も癒えて、母さんの死も受け入れられている。話す事に躊躇いはない。


 僕はそうだね、と前置きしてから命の炎が燃え尽きるまで強く生きた母さんの話を始める。

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