君の話⑩

 電車に揺られて、モノレールに揺れて僕は家に辿り着く。久しぶりに外で遊んで足は棒になっていた。こんなにも持久力が落ちていたなんて思ってもいなかった。自分の体力の無さに落ち込む。少しは体力作りでもしようかと思うが、疲れることはしなくないのでやるのは来年にしよう。


「琴、帰ってきたのか」


 リビングから松葉杖を付いた父さんが出てくる。


「ただいま」


「おかえり。って、すごい汗だな。今すぐお風呂沸かして入れ」


「そうする」


 外は暑くて、背中は汗に濡れていた。体がベタベタしていて今すぐにでもお風呂に入りたい。湯船を洗って、お湯をはる。お湯が溜まるまでの間に体を洗う。湯船にお湯が溜まって、お湯に浸かると暖かさが疲れた体に染み渡る。

 お風呂から出ると真っ先に自分の部屋に行き、ベットに横になる。瞼を閉じて休む。


 次瞼を開けると青色だった空は紺色に染っていた。どうやら、眠ってしまったようだ。何時間眠っていたのかは分からないが、かなり眠ってしまったことは分かる。それだけは確かな事だ。


 下の階からピザのいい匂いがする。父さんが出前でもとったのだろうか。僕は階段を降りて、一階に行く。リビングにはトマトソースとチーズの匂いが混在していて食欲を刺激する。お腹がぐぅーと鳴る。


「お、琴起きたか。ピザ取ったから食べよう」


「これは何ピザ?」


「照り焼き、母さんが好きだったろ」


「いつもピザを取る時は照り焼きを頼んでたよね」


 母さんは照り焼きピザが大好きだった。いつもピザの出前を取る時は、照り焼きピザを真っ先にカートに入れるぐらいだ。照り焼きピザをお皿に乗せて母さんにお供えする。


「母さんの好きな照り焼きピザだよ」


 お線香の先をライターで炙る。火を揺らしながら消す。りんを鳴らして手を合わせる。トマトソースとチーズの匂いにお線香の匂いが加わる。


 ピザを食べてお皿を洗ってから自分の部屋に帰る。部屋に帰るとスマホの通知が十件溜まっていた。その全てが彼女からのメッセージだった。


 今日は楽しかったね、音は無くともどんなトーンで言っているかが容易に想像できる。返信しようとメッセージ画面を開くと、彼女から電話がかかってくる。


「もしもし〜」


「ハイハイ、なんでしょうか」


 いつものの慣れた電話。というか日課となっている気がする。夜に彼女から電話がかかってくるのが生活の一部となっていた。

 彼女が寝るまでの通話は夏の暑さを忘れらさせてくれる。スマホをスピーカーにして、響き渡る彼女の笑い声と話し声。それに混じる僕の笑い声。


 いつものように安心して彼女の話を聞いていると、突飛な提案がとび出てきて口に含んでいたお茶を吹き出しかける。


「明日さ琴くんの家に行っていい?」


「え、あ、は?何で」


 動揺が表に出て情けない声を出してしまう。今世紀最大の情けなさだろう。いや、でも急にこんなことを言われたのだから情けない声は出る。うん、しょうがないことなのだ。


「いや、行きたいなって。ダメ?」


「いやダメでは無いけど」


 ダメではないけど、父さんがいるし何言われるかわかったものじゃない。それに男子の家に女性を入れるのは如何なものか。


「じゃあ、決まりね」


 僕の悩みなんてよそで彼女は勝手に家に来ることを決める。強引に押し進められた地域開発のように彼女は僕の家に来ることを決定させる。


「あ、まあ。うん分かったよ。一応父さんに許可取ってくるよ」


「うん、分かった。ダメだったらダメでいいからね」


 渋々彼女の要件を飲み込む。部屋はいつも綺麗にしているので、掃除とかはしなくていいが父さんにはなんて伝えよう。女性の友達が来ると言ったら絶対に大騒ぎする。面倒臭い反応は避けたいけど来てしまったら結局バレるだろうし。


 どうしよう、どうしようと頭を悩ませた結果、素直に言うのが一番手っ取り早いことに気付いて、父さんに素直に言いに行く。


「父さん明日女性の友達が来る」


 父さんは口に含んでいたビールをマーライオンのように垂れ流して目を丸くしていた。そんなに僕が女性を連れてくるのがおかしいだろうか。いや、おかしいか。友達を連れてくることがなかったのに、急に女性の友達が来ると言っているのだから。


「お、おお、そうか。父さん家に居ない方がいいか?」


「むしろ居てくれ」


 父さんが変な気を回して家を出ようとするけど、逆に居てくれた方が助ける。というか足を怪我しているのに何出ようとしているんだこの人は。


「わ、わかった。お菓子とかは用意していなくて大丈夫か?」


「そんな気回さなくて大丈夫だから。父さんは普通にしていて」


「わかった。普通にしておくよ」


 父さんの持っているコップがガタガタと地震を起こしている。隠しているつもりなんだろうけど、動揺しているのが丸わかりだ。僕より父さんの方が緊張するせいで、さっきまでの悩みがバカに思えてきてしまった。

 僕は部屋に帰って彼女に来ていいことを伝える。


「明日、家大丈夫だよ」


「本当!?やったー!何時に行った方がいい?」


「十時ぐらいなら大丈夫だよ」


「分かった。それぐらいに行くね。あ、なにか手土産あった方がいいかな」


「別にそんな気遣わなくても大丈夫よ」


「いや、でも人様のお家に行かせていただく時はちゃんとしなさいってお母さんに厳しく言われてるから。なにか持っていくよ」


「うーん、ならありがとう」


「いいよ。私が行きたいって言ってるんだし。これはうかうかしてられないや、今日は明日に備えて寝るね。また明日ね」


「また明日」


 こうして明日の十時に彼女が僕の家に来ることが決定した。

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