君の話⑨

 展示物も最後の一つとなった。色々な展示物を見てきたが、ここだけは最後にしようと入った時から彼女と決めていた。

 そうそれは、恐竜の絶滅の瞬間をロボットを使って説明する体験型アトラクション。一番の目玉なので、この旅の最後に相応しい。


「とうとう来たね。これが」


「一番の目玉だね」


 僕達は入口で片唾を飲み込む。中から奇妙な雰囲気を感じ取る。ここでは無いどこかのような、本当にタイムスリップしてしまうのではないかと錯覚させられる。


「中は大変暗くなっていますので足元に注意しながら歩いてください。それでは、左側の通路から進みください」


 受付のお姉さんから入る際の注意事項を聞いて、僕達は異世界へと足を踏み入れる。中は暗くて、薄らぼんやりと足元が見えるぐらいだった。

 突然、服の裾を掴まれて心臓が驚く。服の裾にかかっていたのは彼女の手だった。その手はか細くて小枝のようで今にも折れてしまいそうだった。小刻みに震えているのが裾から体全体に伝わる。


「どうしたの?」


 優しく、なるべく優しく彼女に問いかける。寒くもないのに彼女は震えている。なにかに脅えている証拠だ。


「わ、私暗いところちょっとだけ苦手なんだ」


 声を震わせながら彼女はそう答える。ここは確かに暗くて、暗所が苦手な人にはキツイかもしれない。僕は裾を掴む手を振りほどくことはせず、そのままにする。


 そして彼女の顔を見ながら安心させる言葉がないか考える。頭をフル回転させて、新幹線よりもリニアモーターよりも早く回転させて彼女が安心出来る言葉を探す。


「大丈夫、僕の裾は無料だからいくらでも掴んでいて」


 出た言葉は安心できるか分からないものだったけど、今はこれが精一杯の言葉。でも、彼女は安心してくれたようだ。震えていた手が徐々に止まっている。


「ありがとう」


 緩っと笑う彼女はいつもの彼女だった。声も震えていない。良かった、安心してくれたようだ。恐竜が居る場所に着くと、先程の暗さが嘘のような明るさをしていた。通路もこれぐらい明るければ彼女が怯えることもなかったのに。


 上を見上げれば恐竜を忠実に再現したロボット達が眠っている。前には火山が映し出されていた。この恐竜ロボットは時間が来れば動きだそうだ。


 動き出すのを待っていると一人のお姉さんがマイクを持ってやってくる。それを合図に恐竜ロボットが動き出す。


「ここは二億三千年前。まだ恐竜達が生きていた時代です」


 どうやらお姉さんは時代のガイド人らしい。マイクを持って、恐竜ロボットの紹介を始める。恐竜ロボットもそれに呼応して咆哮を上げる


「ここから恐竜達が絶滅するまでの時間を見ていきましょう」


 お姉さんがそう言うと空は赤く染まり、火山は噴火を始めた。恐竜が絶滅する瞬間の再現だ。

 恐竜ロボット達が悲鳴の咆哮をあげる。逃げることも叶わなくて、死を待つだけの苦痛の時間。雷の落雷が鳴り響き、恐竜ロボットは叫ぶ。


 二億三千年前の恐竜達はどんな気持ちだったんだろう。普通に生きていたのに突如としてやってきた生命の終わりの瞬間。どこへ逃げても結局待っているのは死。


 もし、自分が恐竜ならば耐えられない。死ぬと分かっているのに、強く生きることは僕には出来ない。未来に広がっている死という絶望に打ちしがれて膝をついていることだろう。


「頑張れ、頑張れ」


 横にいる彼女が小声で応援していることに気付く。頑張れ、頑張れと拳を握りしめて恐竜ロボット達を真っ直ぐに見ている。僕はそれを見て彼女らしいなと思う。本当に隠されていた気持ちに気付くことなんてなく。


 そして、恐竜達は絶滅した。空は青くなって、火山は噴火をやめた。


「これが二億三千年前に起きた恐竜達の最期です」


 こうして、体験型アトラクションは終わった、少しの哀愁を抱えさせて。


 僕と彼女は生命の博物館を後にして駅に向かっていた。出た頃にはおやつの時間で変えるにはちょうどいい時間帯だった。


 駅まで向かう途中に美味しそうなたい焼きの出店があったので寄っていく。あんこの甘い匂いが鼻の奥をくすぐる。


「へい、らっしゃい!注文は」


 頭にハチマキを巻いて、熱血スタイルの店主は甘いたい焼きよりたこ焼きの方が似合いそうだった。


「えっと、私はあんこ。琴くんは?」


「僕も同じので」


「あいよっ!」


 店主が手際の良く、たい焼きを作っていく。生地にあんこを流し込んで、魚の形に形成していく。辺りにはあんこのいい匂いが充満する。紙に包まれた、たい焼きを受け取って代金を渡す。


 近くにあったベンチに座って二人でたい焼きを頬張る。口の中にあんこの旨みが激流する。バクバクと食べ進めていると、手の中から気付いたらたい焼きは消えていた。どうやら、鯛は口のという海の中に帰ってしまったようだ。


「美味しかったね」


 そう笑う彼女の口元にはあんこがついていた。僕は手で口にあんこをついてることを伝える。ティシュを一枚取りだして彼女に手渡す。


 たい焼きを食べ終えた僕達は駅で解散をすることにした。


「それじゃあ、バイバイ。今日は楽しかったよ」


「僕も楽しかった。バイバイ」


 彼女はバスで、僕は電車で帰るためここからは別行動だ。手を振り、彼女と別れて改札を潜る。電車に揺られながら今日の思い出に耽る。

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