君の話⑤

 帰りのホームルームが終わると彼女が話しかけてくる。


「ねえ」


「ん?」


 やけに神妙な面持ちで意味ありげな声のトーンで話しかけてくる。遊びの誘いだと思っていたのだが、これは違う感じがする。もっと重たくて僕の肩には重たすぎるものの気がする。体の脈という脈がドクンと大きく跳ねる。


「文化祭、一緒にしない?」


「……心配して損した。しないよ」


 あれだけ心構えをしたのに、彼女の口から出たのは文化祭の話だった。ずっとしないと言ってるのに、しつこく誘ってくる。どれだけしたいのだろうか。なぜ、あの地獄に足を踏み入れようとするのか。


 僕は体育館という武道館が静まり返っている瞬間を見てきている。笑っているのはネタを知っている身内のみ。大舞台で身内ネタをするというアホで愚かしい行為。


「……もしさ、君がするとしたら何をする気なの?」


「するって、文化祭の出し物?」


「うん。何するのかなって。そんなしたがってるし、案はあるんでしょ?」


「もちろんあるよ。私もそこまで無鉄砲じゃないからね。朗読劇をしようかなって」


「朗読劇?」


「そう、朗読劇!楽しそうじゃない?」


「物語は?」


「それは後々考える」


 少しだけ興味を持って彼女に何をするのか聞くと朗読劇と返ってくる。まだ身内ネタよりかはマシだろうけど、肝心の物語が面白くなければほとんど同じようなものだ。


 だけど、少しだけ楽しそうと思った自分がいた。でも、見ない振りをして彼女の提案を断る。物語を考えるのはもうやめたのだから。今更、筆を取るなんてことはない。


「ちぇ、やっぱダメかあ」


「諦めなよ、そろそろさ」


「嫌だ。絶対諦めない」


 諦めたくない理由でもあるのだろうか。ずっとコバンザメのように食いついてくる。

 鼻歌を歌いながら廊下を歩く彼女。その後ろを歩く僕。僕もコバンザメのようなものか。


「ん?何か言った?」


「何も言ってないよ」


 無意識のコバンザメが口から泳ぎ出して大海へ出てしまっていた。窓の反射が廊下を照らしていた。

 照らされた廊下を無言で二人歩く。言葉は無くとも、空気は和やかに進んでいく。止まることなく進んでいた足は靴箱の前で止まる。


「今日は放課後の遊びはなし。ここでお別れです」


「遊ぶことを僕が期待しているような言い方じゃないか」


「期待してないの?え?してないの?え?」


「してるよ。うん、してるよ」


 彼女の圧で重力が十倍がなった気がする。これには重力を見つけた偉人もびっくりしてるだろう。


「それじゃあ、琴くんまたあした!」


「いや、明日は土曜日だよ」


「……な、なんだって!!」


「え、知らなかったの……?」


 また明日と溌剌に世界を元気にするような声で彼女は言うが明日は土曜日で学校はない。土曜日だということを知らない彼女は日本じゃない場所からやってきたのだろうか。


「知らなかった。なら、いいや!明日遊ぼ!これでまた明日になるね」


「僕の予定は聞かないで、予定が無い前提なのね」


「だって、実際ないでしょ?」


「うん、ないよ」


「なら、いいでしょ?」


「いいよ。後でメッセージで行く場所決めよ」


「うん、じゃあまた明日ね!」


 また明日と言い、彼女は夕陽に向かって走って行く。夕焼けに呑まれていく彼女を呆然と見る。

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