君の話④

 久しぶりの一人じゃない屋上は変わってない景色なのに特別な景色に見えた。相変わらず太陽は暑い。


「それでさ夏休みどこ行こうか」


 弁当を食べているとおもむろに彼女が聞いてくる。行きたい場所なんて特になくて、提案された場所に行こうと無責任な考えをしていたので困ってしまう。絞り出そうと脳みそをフル回転させて、あれやこれやと色々と考える。


「水族館とか……?」


 脳みそを絞りに絞った結果出てきたのは、果汁ゼロパーセントのゴミみたいな案だった。別に水族館は夏じゃなくとも行けるので、これは良くない提案だったと思っていると、彼女が顔を輝かせてこちらを見ていた。


「水族館……!いいじゃん!いこうよ!」


「え、あ、いいの?」


「え?逆にダメなの?」


 思っていた反応とは違ってなんか拍子抜けだ。こんなに喜んで肯定してくれるとは。水族館か、もう長いこと行っていないな。母さんと行ったのが最後だろうか。

 あの時は全てが輝いて見えていたな。水槽の中に入っている魚を見て、心をワクワクさせたものだ。


 水の舞台で優雅に尾ひれを泳がせて、照明に鱗を光らせる魚は水槽の中で一生を終えていく。優美な演技の裏には哀しき影が潜んでいる。


「ううん、全然いいよ」


「いつにしよっか?夏休みまではもうちょっとだよね。入ってすぐにする?色々な所行きたいし」


「宿題する気ある?」


「未来の自分に任せるよ」


「その発言はしない人の言い方」


 へへ、と君が笑う。胸が高鳴る。胸のコングがカーンと鳴って、彼女の顔を直視出来なくて顔を背けてしまう。火照っていく顔を冷ますように、夏の熱に沸かされた生ぬるい風が頬を撫でていく。


「まあ、詳しいことはメッセージで決めようか」


「そうだね」


 校庭の木々が揺れて、擦れる葉音が自然の音楽を奏でる。屋上に緩い時間が流れる。ゆったりと雲が流れるように、時間も合わせて動くように全てがゆっくりとしていた。


「穏やかだね〜」


「おばあちゃんみたいなこと言うじゃん。急に」


「いやあさ。こうやってゆっくりと出来るの幸せだよねえ。私達はさ、水を好きな時に飲めるしさ、ご飯も好きなように食べれる。本当に幸せだよねえ」


「急にどうしたのよ?」


 彼女が突然悟りを開いたようなことを言い始める。当たり前の上にあぐらをかかずに、幸せを噛めしめて生きていけと言いたいのだろうか。

 でも、人間は絶対幸せが身近にあると忘れてしまうものだ。横にあるのがあたまりえだと思うから。たまに離れていけば、その有難みが分からがいつも横にいられちゃ、分かるものも分からない。


「ふと、思っただけだよ〜」


「そう」


 そう返した後は二人の間に言葉はなかった。

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