君の話①
父さんが入院した。一人ぼっちの家はとても空虚で静かだ。リビングからいつもは聞こえているテレビの音は息を潜めている。
僕はお風呂から上がって濡れたままの髪の毛を放置して、リビングのソファでくつろぐ。
家の固定電話が鳴った時は悪夢からの通告のように思えた。生きた心地がとてもじゃないけどしなくて、出るのが怖くて。でも、出ないと何があったかは分からない。出たくないのに出ないといけないのは辛かった。
けれど、あれだな。父さんの怪我がそんなに悪くなくてよかったと本当に心の底から思う。
明日は父さんの服とかを持っていくから、寝る前に今日のうちにまとめておこう。
次の日、僕は学校が終わって直ぐに病院へ行く。大きな病院へ行くのは久しぶりだった。というか、少し苦手になっている。嫌な思い出、と言ったらアレだが悲しい思い出が蘇ってしまうので、あんまし来たくは無い場所ではある。
病院の自動扉をくぐると、消毒液などが混じった病院独特の匂いが鼻の奥をくすぐる。受け付けで父さんの病室を教えてもらう。
観葉植物が横に置かれたエレベーターのボタンを押す。受け付けの看護師さんに、病室は三階だと教えてもらった。エレベーターは三階へ向かう。
父さんの病室の前に立つ。病室の扉を横に開く。ベットに横になる父さんが扉の音で僕に気付く。
「あぁ、琴か。悪いね」
「父さん、怪我の具合はどう?」
「大丈夫だけど、あと二日ぐらいは帰れないかもしれない。琴には迷惑をかけるよ」
「僕も、もう高校三年生なんだから、そんな心配しなくても大丈夫だよ。ほら、これ着替えね。ここ置いておくよ」
個室にある小さいタンスのような場所に服をしまう。父さんは僕のことを酷く気にしている。もう、高校三年生なのだから心配しなくとも一人で生きていける。といっても、父さんは心配性なので結局は心配してくる、過保護な父だ。
「よし。じゃあ、やることやったし帰るね。お大事に」
「おう」
服の替えと暇つぶし用の小説を何冊置いていき、僕は病室を後にした。病室を後にした瞬間尿意が襲ってくる。トイレを慌てて探す。
どこかにないかとキョロキョロしていたら、少し先を行ったところにトイレの表札が見えた。トイレを見つけて、入って一安心する。手を洗って、トイレを後にする。
少し喉が渇いたので病院にある自動販売機で飲物を買おうと、自動販売機が置かれている場所に向かう途中僕の顔を見て、サッと逃げる人影を見かけたような気がした。彼女にちょっと似ていた気が、いやでもすぐに見えなくなったので、きっと気のせいだろう。自動販売機でジュースを一本買って家に帰る。
家に帰って手を洗っていたらスマホが鳴る。彼女からだ。さっき家に帰ったとメッセージを送った途端に電話をかけてくるなんて、こちらの用事を一切考慮していない。
「はいはい、もしもし?」
「出るの遅かったけど、もしかして何かしてた?」
「病院から帰ってきたから手洗ってたんだよ」
「ふーん、あっそ!」
「また興味無さそうに。そういえばさ、今日病院で月海さんに似た人を見かけたんだよね」
「えっ?本当!?ドッペルゲンガー!?」
「ドッペルゲンガーって見たら死ぬらしいよ」
「あ、ならいいです……」
自分の似た人にウキウキしている彼女に死ぬということを伝えてみると、露骨に声のトーンを二個ぐらい下げる。
ドッペルゲンガーを見たら死ぬというのは有名な話だ。詳しいことは覚えてはいないが、ドッペルゲンガーは幻覚ともいわれている。幻覚なのに、死ぬという話はどこから出てきたのだろうか。
「今日の夜ご飯はなんなの〜?」
「適当な出前でも頼むよ」
父さんがいないので、今日も一人ご飯だ。学校でも家でも一人。スマホ越しに話をしている彼女を入れたら一人では無いが。
出前のアプリを開いて頼むご飯を選りすぐる。ハンバーグ、寿司、ピザ。まるで、電子オードブルだ。
「何頼むの〜?ハンバーグ?」
「うーん。悩んでる」
「なら、目をつぶって選ぼうよ」
「……面白そうだね。それで買うの決めるわ」
提案にのる。瞼を閉じて視界の電気が落ちる。スマホの画面をタップした感触を指に感じて目を開けると、激辛麺の店をタップしていた。
「げっ、僕辛いの苦手なのに」
「どんなお店タップしちゃったの?」
「激辛のお店。でも、辛くなさそうなのもあるし、ここでいいや」
激辛のお店は全部が全部辛いやつでは無いらしい。豚骨ラーメンや味噌ラーメンと普通の味のやつも売っていた。そこから豚骨ラーメンを一つ頼む。二十分後に来るとメールが届く。
二十分後、玄関からチャイムの音が鳴る。ラーメンが届いたようだ。僕は、ラーメンを受け取りに行く。お金は先払いにしてしまったため受けるだけ。配達員からラーメンを受け取り、リビングで食べ始める。
「美味しかった?」
「うん、美味しかった。月海さんはご飯食べないの?」
「ん〜そうだね。もうちょっとでご飯だと思うし、電話切るね」
「うん、わかった。バイバイ」
「バイバイ〜」
彼女の電話が終わって空になったラーメンの器をゴミ箱に捨てて自分の部屋に帰る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます