バイバイ①

 六限目が終わって放課後になる。気温が少しだけ下がって、窓から心地の良い風が入ってきて教室を冷やす。

 帰りのホームルームが終わると彼女は足早に靴箱へ向かっていった。僕はその後を急いで追うようなことはせずに、マイペースに帰りの支度を整える。


 帰りの支度を終えた僕は鞄を肩にかけて彼女が待っている靴箱に向かう。階段を降りてる最中に、ふと思う。なんでわざわざ靴箱で待ち合わせをしているのだろうと。クラスは一緒なので、靴箱に二人で向かうことは可能なのにわざわざ靴箱で会うことにしたのだろう

 彼女のことだから、そんな大したことは考えていないと思う。


「あっ、来た!おーい!」


 足の歩幅十歩ぐらいの距離で、足の歩幅二百歩ぐらいの声量で僕を呼ぶ彼女。耳の鼓膜を突き破って、その声は脳までに直接来る。


「こんなに近いんだから、もうちょっと声落としても聞こえるよ。僕は老人じゃないんだ」


「老人の方々バカにした〜!いけないんだ〜」


「んで、今日はどこに行くの?また秘密?」


「ううん、今日はね山登り!」


「ん?絶対に無理だよ」


「いやいや、行けるよ。ほら、観音様だよ」


「あそこ山っていう山じゃなくない?」


「いいの、ほら行くよ」


 観音様というのは、高校から二十分ぐらいの所にある標高百三十七メートルの小さな山の事だ。山の頂上には観音様が建てられており、そこからもじって観音様と呼ばれている。

 標高百三十七メートルだからといって舐めてはいけない。そこから見える景色は屋上よりも綺麗で。ひとつ先にある県まで見渡すことが出来る。


 頂上への道はアスファルトで整備はされてい手道は広いが柵はつけられていない。ふざけて歩いていたら普通に転落する危ない場所だ。


「らんらん、らんらん」


 彼女は鼻歌混じりに山へ向かう。ガソリンスタンドのオイルの匂いが鼻を刺激を始めたら、そこはもう山の近く。空はまだ青い。山の道は暗くなると危険なため、早く登ろうと言う。


「さっ、いっくよー!冒険へ出発ー!」


 意気揚々にアスファルトの上に落ちている木の枝を拾い、彼女は突き進んでいく。猛獣も、勇者の剣がないも倒せないドラゴンが出る訳でもないけど、僕はドキドキしていた。

 山は不思議な感覚になる。町という人工物で固められたドームから、人工物は道だけの自然に固められたドームに足を踏み入れるとそこは異世界のように感じられる。上を見上げれば、今にでも二人を覆い隠してしまいそうな程に茂った木々達が揺らめいている。


「見て見て!ハブ注意だって琴くん!」


「大丈夫、出ないよ」


 ハブ注意という看板。小さい山といえ、それなりの脅威は潜んでいる。だけど、ここでハブに会ったっていう話は一度も聞かないため以内に等しいのだろう。


「琴くん!ハブ注意!!」


「二回言わなくてもわかってるよ。大丈夫」


「違う!看板じゃない!!本物!!まじのハブ注意!」


「え……?まじのハブだあ!!」


「だから言ったでしょ!走るよ!」


 動転した声で彼女がハブ注意と叫ぶ。最初は冗談だと思ってスルーをしようとしたけど、間髪入れずに彼女が叫ぶため彼女の向く方向を見てみると、舌を出して地面を這いずっているハブがそこにいた。

 僕達は地面がベルトコンベアに変わったのかと錯覚するぐらい速く走る。恐怖からの死への直感が足の回転風をあげる。


「は、はぁはぁ。疲れた……」


「もう頂上……だよ。琴くん」


「……楽しくない登頂だったね」


「うん、もっとゆっくり登りたかったね」


 僕達はハブから逃げるために地球の自転よりも速く走ったため、疲れ果てて足を止めた時には頂上についていた。彼女の手にあった木の棒も消えていた。


「……休憩しようか」


「そうだね」


 ベンチに腰をかけて一休みをする。足はパンパンで動く気配がない。心臓は早鐘をうっている。


「あ、そうだ。琴くん、これあげる」


 おもむろにポケットから飴を取りだして渡してくる。

 封を破って口にいれる。カランコロンと舌で飴を転がすとイチゴの味が広がる。疲れた体に糖分が染み渡る。


「これって、授業中に食べる予定だったの?」


「うん。昨日クッキーでバレちゃったから、バレなさそうな飴にしたんだ」


「阿呆だね。同じことを何回もするなんて」


「実験は失敗と成功の繰り返しなのだよ。琴くん」


「それぽいこと言えばいいと思うなよ」


 教科書に載っているような名言を言うが、彼女が言えばそれは迷言となる。空が段々と青から橙色に変わっていく。僕はここにこれ以上いると降りる頃には暗くなるため、降りようと彼女に言う。


「うん、そうだね。降りようか。ハブに気をつけながらね」


「そうだね。あのハブに気をつけないとね」


 ハブはまた同じところにいて、僕達はまた走ることになった。

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