おはよう④
弁当を食べて終えて、B棟に帰っていると前の方から富澤が歩いてくるのが見える。左右には取り巻きの女子が付いていた。まるで、著名人がボディーガードに守ってもらっているような図だ。
僕は二人でいられるとこを見られたら、ややこしい事になると思って、トイレに行くと言って彼女から離れる。弁当箱を持ったままトレイの個室に入って、時間が過ぎるのをただ待つ。
二分ぐらいが経っただろうか。流石に彼女も富澤も廊下から消えて教室に帰っていると思いトイレから出ると、そこには富澤と彼女の姿があった。二人の姿を見なかったことにして横を通り過ぎようとするが、神様、いや彼女がそれを許してくれなかった。
「あ、おかえり。待ってたんだよ」
「……なんで?」
心の底からなんで?と口から出る。僕は勘違いされたら厄介だろうと思って彼女から離れたのに、何故か彼女の方から近付いてきた。磁石かなにかなのか?S極とM極だっていうのか?
横にいる富澤も少し戸惑った表情をしていた。何で、こいつを待っていたんだ?と言わんばかりの表情をしている。一体、富澤になんと言ってここに来たのだろうか。
「えっと、私お邪魔?」
富澤が変な気を使ってこの場を離れようとするが、それは悪手なので居ていいと言う。
「じゃ、三人で教室に帰ろ!」
「……なんで?」
僕と富澤の声が重なって二重奏になる。さっき、富澤を返した方がまだ良かったかもしれないと後悔をしていると、彼女が腕を引っ張ってくる。
「うぉっ!」
「ほら、二人とも行くよ!」
「え、あっ、ちょっと待ってよ月海さん」
富澤が強引に連れていこうとする彼女に抵抗を試みるが、そんなのはお構い無しにズンズンと
進んでいく。これは、朝やられたことを富澤に仕返しているのだろうか。いや、なら僕が巻き込まれる理由はどこにもない。これはただ単に彼女の我儘だろう。
僕達は彼女に無理やり連れられて教室に帰る。彼女に連れて行かれる様子は、お菓子を買ってもらえずにただをこねて母親に無理やり連れて行かれている子供のように見えた。
「ふぅ〜」
「ちょっと、何やりきった感出してるんだ」
「え?」
教室に帰った彼女は汗もついていない額を拭うふりをしてやりきった感を演出する。疲れたのは、無理やり引っ張られたこちらだというのに。そんな彼女に僕は苦言を言う。
「無理やり引っ張られてこっちはクタクタだよ」
「細かいこと気にしないの。富澤は大丈夫?」
「いや、僕の心配もしろよ」
「あ、うん。私は大丈夫。そこの貧弱とは違うから」
「ん?貧弱って僕のこと?」
富澤の口から出た聞き捨てならない言葉。僕は確かに風に吹かれたらポキッと折れてしまいそうな腕や体をしているが、流石に女性は負けない自信はあった。
「あら、そうだけど?逆に誰の事だと思ったの?」
嫌味口を止めない富澤に僕もムキになる。
「名前を言われてないから僕じゃないと思ったんだよ。君がちゃんと人の名前を言えば良かったんじゃないかな?」
「アンタの名前なんかいちいち覚えたくも無いわよ!」
「はぁ!?こっちだってな……!」
「ハイハイ、ストップ。どぅどぅ」
額に青筋を立てて、僕達は言い合いをする。だんだんと喧嘩の火が強火になってきて、富澤も僕も引き返せなくなった時に彼女は間に入ってきた。
そして何故か、喧嘩の仲裁の仕方が怒っている馬を鎮めるときの方法だった。
「もう、二人とも喧嘩はしない。確かに、無理やり引っ張ったのは私だけど、そこまで喧嘩しなくていいじゃないか」
「いや、でも」
「はい、言い訳厳禁!」
「は、はい……」
富澤が彼女に言い返そうとするが、より強い圧で封じる。
「うん、じゃあとりあえず自己紹介でする?」
何で、と言いかけたけど彼女に制止される未来が脳裏にありありと浮かんだので大人しく従うことにした。富澤も同じように従う。
「えっと、
「音成琴です。よろしく」
二人の間になんとも言えない空気が流れる。廊下から聞こえる生徒の声が空気の気まずさを倍増させる。しばしの沈黙が流れたあと彼女が口を開く。
「あ、私も自己紹介した方がいい?」
「それはいい」
「え〜、でも私も言いたいよ。まあ、いいや!私は月海紅葉、よろしくね」
3人の自己紹介が終わった時、タイミング良く
チャイムが鳴る。僕達は自分たちの席に座りに行く。
「ねね、今日も寄りたいところがあるから着いてきてくれる?」
「いいよ」
「やった。じゃあ、また放課後」
今日も彼女の寄りたいところに着いていくことが決まる。どうせ、行き場所は教えてくれないのだろうな。
帰るだけだった放課後に二日連続で寄り道をしてから帰るなんて思ってもいなかった。まるで、ずっと最高気温が更新されているようだ。今から放課後が少しだけ楽しみだな。
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