放課後②

 六限目が終わり、帰りのホームルームが始まる。


「あ〜そうだった。あと2週間で夏休みが始まるけど、夏休み明けから文化祭の出し物を決めるから夏休み中に考えておいて。最後の文化祭なんだしさ準備に時間使いたいでしょ?これ夏休みの宿題だから。個人でやる生徒はまた夏休み明けに先生に直接伝えて」


 ホームルームの終盤に先生が思い出したかのように言う。残り、二週間で夏休みに入る。そして、夏休みがあければ文化祭への準備に取り掛かるのが例年の習わしだ。僕は三年生だ。これが最後の文化祭になる。

 夏休みの間に出し物を決めておけか。確かに先生の言うとおり、早く決めれば決めるほど準備に時間を割ける。


 文化祭は個人で出したい人は先生に言って実現可能そうなら許可される。といっても、皆緊張するとか、面倒臭いとかでやらないのだが。

 たまに、目立ちたい人が手を挙げて立候補するのだが、ここ二年間まともなものを見た記憶が存在していない。


「ねね、聞いた?個人で出し物できるって」


 彼女が満面の笑みでこちらを見ている。僕は察しがつく。たまにいる目立ちたい人だ、彼女は。彼女の性格を考えるならば、個人で何かを出そうと思うのは当たり前だろう。


「やめておきな、地獄だよ」


「えぇ〜面白そうなのに。琴くんはやろうと思ったことないの?」


「ないよ」


 あるわけがない。あんなのは自分の醜態を晒すだけの地獄なのだから。他人がしているのすら見たくないのに、自分がする側に立つなど天と地がひっくり返ろうとない。絶対に。


「はい、じゃあ号令」


 熊澤先生の合図で号令がかかり、クラスはバラける。

 教室は放課後の空気に包まれる。空気に当てられて、気持ちが緩まる。まだ赤くなりきれない太陽が射し込んでいる。

 放課後の教室は静かでうるさい。部活へ行く人、友人と帰る人、一人で帰る人、文化祭の出し物を友人と話し合う人、様々な人達が往来しあう。


「琴くんはさ、この後どうするの?」


「どうするって、普通に家に帰るよ。することもないしね」


「ならさ、少し寄り道して帰ろうよ」


「月海さんと僕が?」


「嫌だ?ほら、行くよ」


「無理矢理だね。まあ、いいか」


 彼女は僕の返事なんて元々聞くつもりがなかった。僕はやることもなかったので、追求することも無く前を行く彼女の後を追う。

 廊下は笑い声と掛け声が弾けあっていた。ガヤガヤとしたアーチを潜って靴箱で靴を履き替える。


 靴を履き替えて外に出ると、耳をつんざくほどの蝉時雨が出迎えてくれる。蝉も夏の空気に当てられ、楽しそうに鳴いている。


「ところでさ、何処に行くの?」


「それはね内緒」


 背中を向けて校門に向かって歩く彼女にどこへ行くのか尋ねる。彼女は校門を出る一歩手前、踵を返してこちらを向き、太陽とリンクしたような笑顔で頬を上げながら内緒と言う。

 一瞬胸の高鳴りを感じたが、蝉時雨への不快感だと言い聞かせた。

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