ダブルサイド
ふーりん華山
第0話
これは至って普通な日常の物語だ。
街中で戦闘が起こったり、学校一の美少女と付き合ったりするわけでもない。ただただ学校に行って、友達と馬鹿みたいにはしゃぎまくり、寝る。そこにあるのは現実だ。フィクションなんてあったもんじゃない。俺の置かれている境遇を除けば。
俺、山下春人にはずっと寄り添ってきたやつがいる。名前は「アキト」。秋に人と書くらしい。俺も一度も会ったことないから詳しくは知らないが。察しのいい奴らならもう気づいただろう。俺はいわゆる二重人格と呼ばれるやつだ。
二重人格なんてあり得ないって思うやつもいるかもしれない。それこそ俺が一番思ってる。けど自分の身をもって体験してしまった。だから信じざるおえない。
けどだからといって何か物語が始まる訳ではない。だってこれは現実だから。それ以外に何がある?って思ったけど現実も物語なんだよな。だからあえて言おう。これは至って普通な日常の物語だ。
ここまでスマホに書き込んだところで、手を止める。ちらっと時計を見るがまだ23時を回った辺りだった。まだなんとか間に合いそうだ。さてとここからどうしようか・・・
「あんた、まだやってるの?バカじゃないの?」
はい、罵倒きました~!全然いたくもかゆくもありませーん。まぁここは冷静に...
「うっせぇクソ姉貴、ノックしてから入れ、ノック」
あぁ鬱憤が晴れていく。気持ちよすぎる。この瞬間のために俺は生きている。この瞬間をずっとまっ・・・
「しただろ。殴るぞ」
あの姉貴言う前から殴んないでもらえますか、痛いんですけど。どうやらふざけると殺されるらしい。
「その言い方は春人ね、アキトに迷惑かかるから早く寝て」
「おい実の弟にそれはないだろ、優しくしようぜ」
「実の弟の別人格でしょ、言うこと聞きなよ」
その通りだ。アキトが主人格で、俺は後から生まれた別人格だ。だから春人という存在はいつか消えるのだ。だからこそ、実の姉夏帆は俺のことを嫌っている。別人格だから気づいてないとでもお思いか?アキトには俺とは全く違う対応だってことを俺は知ってるんだぜ。
「わかったよ、寝ればいんだろ、寝れば」
適当に返答し姉貴をさっさと部屋から追い出す。これでやっと落ち着くことができる。はぁ、現実ってやっぱりめんどくさいわ。
「いい加減お前も素直に話せよ、春人」
不意に頭の中からもう一人の声がする。もう1人の俺、アキトだ。いつもはほとんど話しかけてくることはない。まぁ顔合わせることは全くないからだ。しかしアキトはこの頃さっきのような言葉を繰り返してる。
「お前が何も言わなきゃわかんねえぞ」
「何をだ?それにお前が逃げたから俺はいるのにその言い方はなんだよ」
「それは・・・」
自分で言ってからこれはまずかったかと思う。アキトは幼稚園の頃に海で父親をなくした。アキト自身がふざけて遠くまで行ったせいで。その時に俺は生まれた、アキトが悲しみから逃げるために。
「それは確かにそうだ、けど俺は受け入れてる」
「そうだな。その結果俺は消え始めている。」
「だからお前は素直に話さなきゃ」
「それに意味があるのか」
「それは・・・」
アキトが現実を受け入れることで、俺はだんだんと消えていってる。もう逃げ口は必要ないからか。そんな俺と思い出を残したくない夏帆の気持ちも分かる。弟を傷つけ、さらには消えていく存在となんて思い出は作りたくないだろう。だからこそ、俺はアキトの言葉を強く否定しなければならない。
「あいにく俺はその必要を感じてない」
「本当にそうか?お前はいつも泣いてるのにな」
「それは関係ないだろ」
同じ体だからこそアキトも当然気づいていたのかと今更ながらに思う。確かに俺は自分の存在を受け入れてほしかったし、春人として生きた証として何かを残したかった。だからこそ誰が見るかわからないような文章を書き連ね続けた。疎まれながらも夏帆の弟で居続けた。そして上手くいかずに泣いてたことはあった。けど全てがもう今更なのだ。もうすぐ消えていく俺にそんな時間なんてないのだから。
「どうせ消えるからもういいとか思ってんだろ」
急に核心を突かれた言葉に思わずたじろぐ。まるで今考えていたことが全て読まれているような気がした。クーラーが効いているはずなのに、汗が出てくる。これでは肯定してしまっているようなもんだ。そんな俺にお構い無くアキトは続ける。
「お前がそう思うのは勝手だ、けど周りをもっと見てみろ。お前の一人よがりになってないか」
それもまた図星だった。何か言い返そうとも、言葉が何一つとしてでてこない。頭がまわらない。アキトがずっとしゃべるなかいつしか俺はベッドの上でただ聞くだけになっていた。
「夏帆ねぇがそんなこと望むか?」
「望んでんだろ、たぶん」
唯一その言葉には反応できた。こんな反応返ってくると思わなかったのだろう、アキトの言葉が急に止まる。
「どういうことだよ、望んでるって」
「そのままだよアイツは俺が消えることを望んでる」
「お前に何がわかんだよ、さして知らねぇクセに」
「お前こそ俺のこと全然知らねぇクセに」
我ながら子供みたいな言い合いだなと思う。けどそんくらい俺たちは冷静になれてねぇかもしれない。頭ではわかっていても心がついていかないのだ。
「俺はお前のこと知らないさ、全くって言っていいほど」
ただとアキトは続ける。
「ただお前よりは夏帆ねぇのことは知ってるし、お前よりはお前のことを知ろうとしている」
どうやら冷静になれてなかったのは俺だけだったらしい。自分のことが馬鹿らしくなってしまった。もう開き直るしか手はないって訳だ。俺はゆっくりと今まで吸い込んできた思い出を吐き出すようにため息をつく。
「なんでもお見通しって訳か、さすがだな」
「何もかもって訳ではないさ」
俺の精一杯であろう嫌味も軽く返される。やっぱこいつ冷静すぎだろ。大量に毛が生えた心臓が4つくらいあるんじゃねえのかって思うほどだった。もしそうだとするのなら俺も同じだという事実には目をつむっておこう。うん、それがいい。少しばかりおふざけモードになっていた頭の中を一瞬で整理する。
「で、お前は俺に何をさせたいんだ?」
頭の中しっかりと整理してだした質問がこれ。俺は絶対にマスコミ関連にはなれねぇな。直球でしか質問できないらしい。将来の職がまた狭まったな。あれ、なんで将来の職なんて考えてんだ?
「聞いてんのか、バカ」
「えっ?なんか言った?」
やべぇ、全くもって聞いてなかった。質問しといて答え聞かねぇとは全くどこのクズだ。まぁ少しふざけすぎてるのかも知れないな。俺は一度息をゆっくり吐いてまた集中する。
「別に俺はどうにかしてほしい訳じゃない」
まさに予想通りの返答が返ってきた。だからアキトは甘いんだよと内心思いながら俺は言葉を続ける。
「じゃあほっといてくれよ俺のことなんて」
「そういう訳にもいかない」
思っていたよりも早い返答に少したじろいでしまう。昔だったらここでもう言葉につまってしまって泣きべそかいてたのに、と体だけは自分のことながら昔を振り返ってしまう。そんな懐かしい気持ちに浸りながらも俺は話を進めようと、続きを問いかける。
「じゃあどうするんだ?」
「お前を納得させる、俺の言葉で」
「やってみろよ、できるもんならな」
また売り言葉に買い言葉。すぐに俺は喧嘩にのってしまう。けどどうやって俺を納得させてくれるのかは少し気になってしまった。ここまで歪んでしまった俺を。
「夏帆ねぇが望んでることを教えてやるよ」
「...俺が消えることじゃないのか?」
わかりきっていた現実。それでも言葉にしてしまうことには抵抗があった。わかってることでも、目をそらしたい現実ってあるだろ。わかってるんだよそんなこと...
「は?違うが?」
予想外の言葉に何も反応できない。聞き間違いか?あの姉貴が消えてほしいと思ってないだと...
「お前のこと一番心配してんのは夏帆ねえだぞ」
は?一度も俺に対して甘いところを見せたことない姉貴が?俺のことを心配してる?
「冗談はよせって、お前の記憶は俺の記憶だぜ」
「記憶の一部だろ」
確かに決してすべての記憶を共有してるわけではない。俺の記憶が全てという訳では無いが、俺の記憶には一切残っていない。まさか姉貴が俺たちの些細な違いに気付くわけがない、俺たちでさえも正確には把握出来ていないのに。
衝撃の出来事に俺の思考は完全に停止してしまう。俺は一体どうすればいいんだよ、今更。なんにもできることなんてないじゃないか。
「なにか特別なことをする必要はあるのか」
「しなきゃいけねえだろ」
「今過ごすこの時間を大切にすることが一番なんじゃないの」
その言葉で俺は目を覚ます。どうやら交代の時間か。
「あとはどうにかするよ、俺ひとりで」
「ひとりではないけどね」
とりあえず姉貴と話そう。そしていつか分からないその日まで俺は俺として生きる。今やれることを全力に。
ダブルサイド ふーりん華山 @fu-rin_kazan
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