8
「ぶつける……?」
「ああ、ぶつけてないだろう。君の中にあるものを」
オレの中にあるもの……? それって、なんだ。分からない。先輩がなにを言ってるのか、なにを言いたいのか。オレには全然分からない。
分からない。
なのに先輩はオレをまっすぐに見つめたまま、オレに向かって手を差し出す。そのきれいな指先に、神々しい光を宿したそれに、オレの瞳は強く惹きつけられる。一ミリたりとも離すことができない。
「僕は、ロミオだ。この世で一番君を、ジュリエットを愛している男だ。
さあ、君の全てを僕にぶつけてごらん。どんな君も、君なんだ。君のままだ。たとえ姿が変わっても、魂の美しさまでは変わらない」
何者をも拒まない、全てを包み込むような深い瞳で、
「僕は、君の全てを受け入れる」
——瞬間。オレは先輩の胸板に、ドンッ! と拳を叩きつけていた。何度も、何度も叩きつけた。
「……んでっ……。なんで、なんでっ……」
父さんも母さんも、クラスメイトも陸上のチームメイトも。みんなしてオレのこと、腫れものに触るような目で見て。「リハビリすれば、きっと……」なんて安っぽい同情の言葉ばかり投げかけて。なのに、どうしてこの人は、この人だけは、オレのこと、こうも容易く受け入れてくれるんだっ……!
ああ、そうだ。憐れみをかけられながら、同情されながら、そんな風に生きていくなんて。そんなの、まっぴらごめんだ。だって、みじめじゃないか。むなしいじゃないか。そんな生き方、オレには耐えられない。
みんな、心の中ではこう思ってるくせに。コイツには未来なんてない、もう無理だって。分かってるくせに、他人事だからって上っ面な慰めだけして。
みんな、みんな、そうだった。なのに、どうしてこの人だけは違うんだ。よりにもよって、世界で一番大嫌いな人なのに……。
「全部吐き出せばいい」そう言う先輩に触発されるよう、オレの奥底が疼き出した。
あの時から凝り固まって沈んでいたなにかが、押し込めていたなにかが、抑え込んでいたなにかが……。
——爆発した。
「あーっ!!! なんで、なんで、なんで、なんでっ!? なんでオレだったんだよ!? オレがなにしたって言うんだよ! なんでっ……。なんで、なんで、なんでっ……!」
なにを恨めばいい、誰を恨めばいい?
オレがなにをしたって言うんだよ。悪いことなんかしたことないのに。今まで真っ当に生きてきたのに、それなのに。なんでこんな仕打ちを受けなきゃならないんだ。
誰よりも努力してきたのに。遊びも恋も二の次で、オレの青春……、いいや、人生全てかけてきたのに。誰よりも一日中、0コンマ1秒でも速く走ることだけを考えて生きてきたのに。
周りには、たくさん人がいたのに。なんで、ただのうのうと生きてるだけの人間じゃなくて、オレだったんだ。
ふざけんな……。
ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなっ……。
「かみ……さまの……、かみさ、まのっ……。——神様の、ばっきゃろーっ!!!」
腹の底から込み上げてきたなにかを、オレは逆らうことなく吐き出した。
目頭が熱くなり、喉の奥も高度な熱を持ち出す。ひりひり痛んで苦しいのに。それなのに止まらない。こんなことしたって無意味だって、なにも変わらないって。分かっていたのに、分かっているのに……。
それなのに止まらない、止められない。自分の体じゃないみたいにコントロールできない。
ただ気付いた時には、オレはミオ先輩の胸に思い切り顔を押し当てていた。
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