2
放課後になり、オレやミオ先輩、並びに役者メンバーは、ストレッチに発声練習といつもの稽古メニューをこなしていく。この稽古にも大分慣れてきた。
一区切り付くと、ぱんっ! と乾いた音が鳴った。
「ちょっと休憩しよか」
シューイチの声にみんなは同意すると、各々休息を取り出した。
オレもタオルで汗を拭うと、新鮮な空気を取り込もうと廊下に出た。するとトントンと甲高い音が鼓膜を震わせた。音のした方——、隣の教室の開かれたドアの隙間から中をのぞくと、キサク先輩の姿があった。隣の教室も大道具や小道具などを制作するための部屋として、演劇部の活動で使われていた。
先輩は背景の大道具を作っているようで、木の板同士を繋ぎ合わせ、釘をカナヅチで打ち込んでいた。先輩はオレの視線に気が付くと手を止め、顔を上げた。
「やあ、ジュリくん。休憩中? どう、部活は慣れた?」
「ええ、まあ……」
キサク先輩は、にこにこと朗らかに話しかけてくる。「オレも休憩しよう」と言うと、先輩は床に大の字に寝転んだ。
キサク先輩は、なんていうか、アッキーと同じくマイペースな人だ。いや、この二人だけじゃない。ここの人たちは、みんなマイペースだ。
なんだか退席するタイミングを逃しちゃったな。まあ、休憩時間はまだあるから、もう少しいても大丈夫なんだけど。
寝転がっているキサク先輩を横目に室内を見回すと、バルコニーのセットや模造品の剣など、今度の舞台で使うだろうものがゴロゴロと置いてあった。
「あの、キサク先輩」
「ははっ、オレのことは、きーちゃんでいいよ。みんな、そう呼んでるから」
「そうですか? それじゃあ、きーちゃん先輩で。ああいう背景も小道具も、きーちゃん先輩が作っているんですか?」
キサク先輩は、むくりと上半身だけ起こし上げると、
「そうだよ」
と言った。
「ルネさんと一緒にね。他のみんなも手が空いたら手伝ってくれるよ。衣装の方は、リアちゃんとショウコちゃんが作ってるよ」
「先輩は、どうして演劇部に入ったんですか?」
「オレ? オレは舞台が好きだからかな。だけど演じるのは得意じゃないし、こんな風に物を作るのは得意だから。裏方中心でやっているんだ」
好きだから、か。そうだよな。普通部活って、得意だから、好きだから、で選ぶものだよな。
好き、か。……オレにはこの先、一生無縁の言葉だ。
つい頭が下がりかけたけど、コン、コンという音がそれを引き止めた。音のした方を向くと、ビニル袋を持ったルネが扉の近くに立っていた。
ルネは、そのまま、とことこと教室の中に入って来る。彼女が手にしているスケッチブックには、『買ってきたよ』と書いてあった。
「うん、ありがとう。おつかい、ご苦労様」
先輩はルネにお礼を言い、買い物袋を受け取る。その中をあさり材料を取り出すと、最後にラムネのビンを三本手に取った。
「はい、ジュリくんにも」
「えっ?」
「ラムネ、おいしいよ」
オレのおごり、と先輩はラムネを差し出してくる。隣でルネも受け取っていた。オレは先輩にお礼を言い、そのビンを手に取った。
ラムネなんて久し振りに飲むな。ええと、どうやってフタを開けるんだっけ。
オレは、ちらりと先輩の手元を見る。ああ、そうだ。玉押しのリングの部分を外して、それから玉押しを容器の口に押して、入り口をふさいでいたビー玉を落とし込めばいいんだっけ。
先輩の真似をしてビー玉を落とし込むと、瞬間、ぶわっ……! と真っ白な泡が勢いよく盛り上がってきた。
「うわっ……!?」
「ははっ、すぐに手を離しちゃだめだよ。炭酸ガスが落ち着くまで押さえてないと」
きーちゃん先輩もルネも器用だな。二人はオレみたいにラムネを吹き出させることなく、上手に飲んでいた。
「この一杯がおいしいんだよなあ」
先輩はゴクゴクと喉を鳴らして、一気にビンの中身を飲み干した。なんていうか、先輩は豪快な人だ。オレなんかまだ半分しか飲めてないのに。とは言っても、その半分のほとんども床に飲まれちゃった訳だけど。
ビンをじっと見つめると、シュワシュワと小さな気泡が天に向かって上がっていた。なんだかそれをずっと眺めていたい気分だったけど、残念ながら、もうすぐ休憩時間は終わってしまう。
オレはビンに口を付けると、先輩みたく一気に残りを飲み干した。口の中にシュワシュワと泡が広がり、空になったビンからは、からんと軽やかな音が響き渡る。栓代わりであったビー玉が内側にぶつかって奏でた音だ。
オレはもう一度先輩にお礼を言うと、その場を後にしようとする。だけど廊下から、
「ジューリーくん!」
とオレを呼ぶ声が聞こえてきた。
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