3
「あっ、いた、いた。こんな所にいたんだ」
ひょいと教室をのぞき込んできたリアが、にこにこと満面の笑みを……、いや、なんだろう。なんだか不吉な空気をまとってオレに近付いてくる。
ふっふっふっ……と気味の悪い笑みを添えて、リアは背中に隠していたものを、ばっ! と広げて見せた。
「こ、これって、もしかして……」
「そう、ジュリエットの衣装よ!」
言いよどむオレの心情など露知らず、リアは、さらりと言った。
「うっ……。本当にオレがこれを着るの……?」
「当たり前でしょう。ジュリくんがジュリエットなんだから」
リアは一拍の間も空けずにそう返すと、「早く着替えてきてよ」と衣装を押し付けてくる。
確かにジュリエット役になってしまった時から、覚悟していなかった訳ではない。だけどオレの人生の中で、こんなフリフリでヒラヒラの服を着る日が来るなんて……。
それを目の当たりにさせられたりなんかしたら、
「い……、嫌だーっ!!」
「あっ、ちょっとジュリくん!?」
「どこ行くのよーっ!??」とリアが背後で騒いでいるけど、オレの足は勝手に動き、その場から逃走していた。
覚悟を決めたつもりだったけど、やっぱり無理だ。中庭に逃げ込んだオレは、木陰に身を潜ませる。
つい勢いで逃げ出しちゃったけど、どうしよう。休憩時間は終わってしまった。戻らないとミオ先輩が……、いや、きっとヨッシー先輩の方がうるさいだろう。あの人、見た目は不良なのに、変なところは生真面目なんだよな……って、ヨッシー先輩もミオ先輩におどされてのことだろうけど。でも戻れば、リアが先程の衣装を持って待ち構えているに違いない。
戻るべきか、戻らざるべきか。オレは頭を抱え、必死に考える。
できることなら戻りたくないが、そうしないと後がこわい。それにカバンは部室に置いてあるんだ。いつかは戻らないと家にも帰れない。
うだうだ悩んでいると、バタバタと複数の足音が聞こえてきた。オレは思わず身を低くする。
頭だけをそおっと上げると、草陰の向こうにミオ先輩とシューイチ、ヨッシー先輩にリア、それからショウコの姿が見えた。
「ジュリちゃん、おらへんなあ。この間、逃げた時は、中庭にいたんやけどなあ」
シューイチは、きょろきょろと首を回す。やっぱりオレを探しに来たのか。
出て行くタイミングをすっかり逃してしまったオレは、じっと彼らのことを見つめたまま木陰に隠れ続ける。
「もう! ジュリくんってば、どこに行ったのよ。さっさと試着してもらわないとサイズ直しができないじゃない」
「うーん。ジュリエットは衣装のデザインが気に入らなくて逃げ出したんじゃないだろうか」
「えー!? かわいくて、とっても良いデザインだと思うけど……。ねえ、ショウコ」
「えっと、でも部長の言う通り、気に入らなかったから、ジュリくん、いなくなっちゃったのかも……」
「もう、ショウコってば。もっと自信持ちなよ、アンタがデザインしたんでしょう」
「でも……」
「うーん。ワテは、ええデザインやとは思うけど、せやなあ……。あっ、そうや! もっとスカートの丈を短くしたらどうや? そしたらジュリちゃんも気に入ると思うで」
違う。
「そういう問題じゃないっ!!」
あっ……。
オレはつい、その場に立ち上がってしまっていた。
ミオ先輩たちと目が合って……。
「あーっ! ジュリくん、はっけーんっ!!」
リアが大声を上げる。オレは、またとっさにその場から駆け出そうとしたけど、
「ジュリエット、こんな所にいたんだね。心配してたんだよ」
「ギャーっ!??」
ミオ先輩ってば、いつの間に……!?
オレは暴れるけど、ミオ先輩は離れてくれない。
「部長、そのままジュリくんを捕まえててくださいよ」
とリアが叫ぶ。
くそっ。このままヤツらの思い通りになってたまるか。
オレは力を振り絞り、ミオ先輩の頭部をピコピコハンマーで思い切り叩いた。よし、先輩の腕の力がゆるんだ。
その隙にオレは逃げようとしたけど、がしりと腕に鈍い衝撃がほとばしった。振り向くとショウコがオレの腕をつかんでいた。
あれ、ウソだろう。ショウコ、力強くないか……?
オレは必死にもがくけど、ショウコの手から逃れることはできない。
ショウコは、
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
と繰り返すけど、離してくれる気はないようだ。
その間に——。
「ふっふっふっ……。ジュリくん、よくも逃げてくれたわねっ……!」
「ひっ……!??」
オレの肩をがしりとリアがつかんできた。
もうだめだ、逃げられない。瞬時に負けを悟ったオレは、
「あ、あの、着替えなら自分でできるから。だから離してよ」
「だーめ。そんなこと言って、また逃げるつもりでしょう」
「逃げないから、本当に逃げないから! さっきはすみませんでしたっ!!」
必死に謝るけど、リアは一切聞き入れてくれない。ショウコもおろおろしながらも、リアと一緒になってオレの服に手を伸ばす。
オレの喉奥から声にならない悲鳴がもれて……。
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