7

 次の日——。

「ジュリエット! こうして朝から君に会えるとは。なんて僕は幸運なんだ」

「幸運もなにも、わざわざオレの教室に来たんですから」

「そりゃあ会えるでしょう」とオレは続けるが、ご都合主義な先輩には届いていない。

 朝っぱらから元気だなあ。オレは眠たい眼をどうにか半分ほど開かせてピコピコハンマーでミオ先輩の頭を叩き続けるが、力が入らないせいか、あまり効果はない。

 授業さえ始まれば、きっと先生が先輩を回収しに来てくれる。そう期待に胸を膨らませていると、突如スパンッ! と勢いよく教室のドアが開け放たれた。

 振り向くと目に入ったのは先生ではなく、鬼の形相をしたヨッシー先輩の姿であった。

「茂田、てめえ……。言ったよな、ジュリには二度と近付くなって」

 ヨッシー先輩は床に足を叩きつけながらミオ先輩に詰め寄ると、その胸倉をぐいとつかみ取った。

「どうしたんだい、パリス。もしかして君は、愛し合う僕らの仲を引き裂こうとしているのかい?」

「うるせえっ、オレはパリスじゃねえ! いいからジュリから離れろ!」

「残念ながら、それはできない料簡だ。なぜなら僕らは愛の女神の手によって、運命の赤い糸できつく結ばれているのだから……!」

「この、ふざけやがって……!」

 ヨッシー先輩の参戦により、ざわざわと一層騒がしくなる教室で、アッキーがオレの肩にぽんと手を乗せた。

 傍らにはいつの間にか隣のクラスのシューイチまでいて、くっくっ……、とおかしな笑みをこぼしている。

「ほんまヨッシー先輩は、おもしろいくらい単純やなあ」

「おい、シューイチ。どうしてくれるんだよ。元凶はお前だろ、止めてくれよ」

「そないなこと言われても、ワテはなにもしてへん。ヨッシー先輩に真実を言っただけや」

 じろりとシューイチをにらむけど、それはいつもの要領で簡単にかわされた。

 その間にも二人の言い争い(と言っても、ヨッシー先輩が一方的に熱くなっているだけだが)は、ヒートアップしている。

 けれどミオ先輩が突然オレの腕を引っ張って、

「さあ、ジュリエット。僕とともに行こうではないか!」

「へっ、行くってどこに……って、ちょっと先輩!? もう授業が始まるんですけどーっ!?」

「こら、茂田! 逃げるなーっ!!」

 先輩はひょいとオレを抱き上げると勢いよく教室を飛び出し、そのまま廊下を疾走した。

 「愛の逃避行だね」と寝言をこぼす先輩に、最早なにも言う気になれない。後ろからえらい剣幕で追いかけて来るヨッシー先輩に同情を寄せることしかできない。

 一難去らない内にまた一難、オレの周りは、ますますややこしいことに。おかげで目はぱっちり覚めたけど、この世界一無意味な鬼ごっこは、果たしていつまで続くのだろうと。さえ切った頭で、そんなことばかりを考えさせられた。

 こうして今日もオレの平穏な学園生活は、どうやら確実に遠退いていったようである。

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