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さっそく俺と店長は行動を開始した。昔の顧客履歴は残っていないが、キューハチとかいう大昔のパソコンの中に商品台帳は残っているらしい。バックヤードの奥から店長が持ってきたそれは横長の筐体で、前面のパネルもキーボードもディスプレイも黄ばみ切っている。それでも店長がボタンを押すと、ピポッ、と音がして難なく電源が入った。
「ロータスなんて……何年ぶりだろうか」
言いながら店長が矢継ぎ早にキーボードをタイプしていく。つか、このパソコン、マウスって付いて無いの?
「うーん……検索してみたけど、モンマルトルがタイトルに入った作品は出てこないなあ……」店長が渋い顔になる。
「それ、かつての商品が全部記録されてるんですか?」
「まあ、大体はね。ひょっとしたら、タイトルには入ってないのかもしれないなあ……そうなると、やっぱネットで調べるしかないかもな」
「そうですね。俺も色々調べてみます」
「頼むよ」
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次の日。
あの後俺も調べてみて、いくつか作品をリストアップして五月雨堂に向かった。夜遅くまでネットをさまよってたせいで、めちゃ眠い……
「分かったよ」
眼の下にクマを作った店長が、ぼそりと言った。彼もかなり眠そうだ。
「え、分かったんすか!」
「ああ。たぶん、これだ。Nuits blanches à Montmartre」
ずいぶん流ちょうな発音だが……フランス語なのか?
「え……ヌイ、ブランシェ……?」
「ああ。1987年のフランス映画。直訳すると『モンマルトルの白い夜』」
「……?」
どういう意味だ?
「もう少し意訳すると、『モンマルトルの不眠症女』かな。病気で夫を亡くしたモンマルトル在住の主人公が、ラジオ番組で自分の思いを切々と訴えたときに使ったラジオネームが、それなのさ。で、それをラジオで聞いて共感した男が、最後に主人公とめぐり会って結ばれる、って話だ。日本では劇場未公開だがビデオソフトになって発売されてる。『めぐり逢えて』って邦題でな。これで商品台帳を検索したら一発で出てきたよ。たぶんこれで間違いない」
「マジっすか! やりましたね! 俺、さっそくメグさんに教えますよ!」
「待て」
スマホを取り出そうとした俺に、店長が右の手のひらを向けて「待て」の仕草をする。
「俺も調べてみたんだが……この作品は日本では DVD 化されてない。ネット配信もどのサイトでもやってない。違法アップロードされたものすらないんだ。だから、この作品を見ようと思ったら VHS を探すしかないんだが……ビデオソフトの制作会社が消滅してて、情報がかなり少ないんだ。ネットの中古屋で検索してみたけど全然引っかからないし、個人売買サイトもダメだ。過去に出品された履歴もほとんど見当たらない」
「え……それじゃ、やっぱダメなんじゃ……」
「それが、な」店長の目が、キラリと光る。「ダメじゃないかもしれない。君、まだウチの二階に上がったことないよな?」
「え、ええ」
一応二階があることは知ってたが、階段が完全に封鎖されていて誰も登れないようになっている。
「クックックッ……どうやら封印を解く時がやってきたようだな……」右手で右目を隠しながら、店長がほくそ笑む。
なんでそこで中二病ぽくなるんだよ……邪気眼の使い手か?
「十夢くん、今日は残業できるかい?」
「え、ええ。大丈夫ですが」
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残業に備えて夜食の買い出しのために、近くのコンビニに向かった時だった。
「!」
目に入った衝撃的な光景に、俺はその場に立ち尽くす。
道の向こうからメグさんが、ずいぶんイケメンな男と仲良さそうに連れだって歩いてきた。
あわてて俺は手前の路地に入り、身を隠す。二人は何やら楽しげに会話しながら、俺に気付かずそのまま通り過ぎて行った。
……。
そりゃ、そうだよな。
あれだけ外見レベル高いんだもんな。彼氏もいるよな。
はぁ……
一気にテンションが下がった俺は、トボトボとコンビニに向かう。
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22:00。本日の営業時間は終了だ。俺は「蛍の光」のスイッチをオフにする。
「さぁ……はじめようか……」
微妙に中二病を引きずったままの店長が、階段の入り口に巻かれているチェーンを留めている南京錠に、鍵を差し込んだ。
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「うわ……」
明かりが点いた瞬間、俺は圧倒された。
封印された二階。そこは……まるで図書館のようだった。棚が延々並び、その上から下までVHSのパッケージで埋め尽くされている。よく見ると、奥にはミカン箱くらいのダンボール箱が床の上にいくつも積み重なっていた。
「昔はここにもお客さんが入っていたんだがな。時代の流れで業務縮小せざるを得なくなって、閉鎖して VHS テープの倉庫にしたんだ。ひょっとしたらここに例の『めぐり逢えて』があるかもしれん。君はこっち側から探してくれ……ん? どうした?」
店長が怪訝な顔になる。
まずい。昼間の出来事のせいでテンション下がってるのがバレバレだ。俺は無理やり明るい表情を作り、敬礼してみせる。
「了解っす!」
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とは言え、ざっと見渡してもおそらく二~三千本はあるんじゃないか、という量だ。しかもダンボールの中にもたくさんあるという。これ、今夜中に終わるんだろうか……
しかし。
「……あったぁ!」
そう。それはやけにあっさりと見つかった。
日に焼けて色が薄くなったパッケージ。だが、間違いなく「めぐり逢えて」と文字が並んでいた。
「店長、ありましたよ!」
喜び勇んで俺がそれを差し出すと、
「おう、やったな! これでメグちゃんに連絡できるな!」
店長も嬉しそうに応える。
「そ、そうっすね……」
「……?」俺の不穏な様子に、店長が眉をしかめる。「どうした? メグちゃんとなんかあったのか?」
「実は……」
結局、俺は昼間のことを店長に話してしまった。
「そっか。それでずっとテンション低かったんだな」店長が悲しげに笑う。「ま、でもそれはそれ、これはこれだ。早く彼女に伝えてやりな」
「……はい」
俺がメグさんにメッセージを送ると、すぐに返信が帰ってきた。彼女の家にはもう VHS のデッキはないらしい。それを伝えると、店長は 「ウチに2台デッキがあるから、それで再生しよう」と言ってくれた。
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