第30話

彼は敦賀駅まで歩いて駅前でタクシーに乗り込んだ。20分程かけて彼の乗ったタクシーが着いたのは、15年前祖父が焼かれた火葬場だった。

火葬場は改築されて、彼の記憶よりずっと綺麗な外観に変わっていた。建物の前には、彼が昔夏希さんと夢中になってバッタを取った草むらがそのままの形で残されていた。


建物の中へ入ってみると受付の所に座っている女性が、

「何かご用でしょうか?」と尋ねた。

整った顔立ちをした人だった。30代の前半くらいだろうか。

彼は軽く会釈をして、

「あの、突然で申し訳ないのですが、中を見学させて頂くことは可能でしょうか?昔ここで親族の火葬があって、もう一度中を見てみたくて。」と言った。


女性は少し困った表情になって、

「普段、見学というのはあまり行っていないのですが…」と答えた。

無理もない話だった。火葬場を見学するなんて話はあまり聞いたことがない。

「そうですよね。」と彼は申し訳ない気持ちでうなずいた。


しかし彼が「すみません、失礼致しました。」と言って帰ろうとした時、後ろから、「あの」という声が聞こえた。

彼が振り返ると女性は、

「今日は午後からしか火葬の予定が入っていないので、もし30分以内で終わるのでしたら。」と言った。


彼が驚いて、「いいんですか?」と言うと、女性は小さい声で、

「本当はダメかも知れないですけど、今は責任者の方もいないので、特別ですよ?」と言って微笑んだ。

彼は、「ありがとうございます。」と言って深く頭を下げた。



15年前に祖父が焼かれた部屋に、彼は今一度足を踏み入れた。

あの時は多くの人がここに集まっていた。でも今彼はたった一人で立っている。

彼は、鋼鉄の箱が仕舞い込まれている壁へと向かった。彼の履いているスニーカーが鳴らす乾いた音が、部屋の中に響き渡った。


彼は壁の前に立つと、そっと鋼鉄の箱に付けられたハンドルに触れた。しかしその箱には、彼が長年思い描いていたような冷ややかさを感じることはなかった。

季節が夏だからだろうか?いや違う。祖父が焼かれたあの日だって、夏だった。

15年前に彼が感じた圧倒的な恐怖は、もうそこには存在していないようだった。


その時彼は気が付いた。この鋼鉄の箱は、死者を追い出すために存在しているのではなかったのだと。

「この箱で、みんないつか焼かれるんだ。」と彼はつぶやいた。

それは100年後かもしれないし、明日かも知れなかった。その時がいつ訪れるかは分からないし、分からないくていいんだと彼は思った。

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