第20話
翌日の昼下がり、彼は両親と共に車で20分ほどの所にある墓地へ訪れた。駐車場で車を降りると、目の前の丘の斜面には多くの墓が並んで建てられていた。
彼は墓地の事務所で借りてきた手桶に水を満たし、祖父の眠る墓へと向かった。丘の斜面に作られた階段は、転んだら怪我をしそうなほど急だった。
その墓は、まるで人目を忍ぶかのように広い墓地の隅の方にひっそりと建てられていた。彼は墓の前にしゃがみ、両親と静かに手を合わせた。首筋に、焼けるような日差しが照り付けた。
合掌が終わると、母は持ってきた花をそっとその墓に供えた。父はローソクに火を灯し、束ねた線香にも火をつけた。線香の香りが辺りの空間に優しく広がった。
彼はひしゃくで手桶の水をすくい、その墓石にかけた。水は墓石を伝って周りに敷き詰められた砂利へと流れた。冷たい水によって、その付近の気温がほんの少しだけ下がったような気がした。
果物を供えてから彼はもう一度しゃがみ込み、手に数珠をかけて両親と共に合掌した。目を閉じると、彼の感覚はそれまでよりずっと鋭敏になった。
焼けるような日差し、線香の独特なにおい、頬に微かに感じる風、隣に居る両親の気配、遠くで鳴く蝉の声。それらは混じりあって一つになり、彼の五感を優しく刺激した。毎年思い出す日本の夏の姿がそこにはあった。
からになった手桶を持って彼が階段を降りている時、一匹の蝶が目の前を横切った。彼は一瞬足を止め、その行方を目で追いかけた。
蝶は優雅な舞を見せた後近くの墓石の上にとまり、その羽を揺らめかせた。それはうっすらと黄色く染まった、小さな蝶だった。
彼が見惚れていると、母が下からもう行くわよと声をかけた。彼ははっと我に返って両親の後に続いた。階段を降りながら彼はもう一度見上げてみたが、蝶はすでにどこかへ飛び去ってしまった後だった。
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