第21話
その日の夜、叔父の家では親戚が一堂に会して宴会が行われていた。彼の父は五人兄弟だったので、従兄弟やその子供たちも合わせると全部で25人くらいが集まった。前の日にがらんとして見えた広間はすぐににぎやかな笑い声で満たされた。
従兄弟たちの中には夏希さんの姿もあった。彼女は少しお腹が大きくなり、酒ではなくウーロン茶を飲みながら談笑していた。その姿を見た時、彼は心が締め付けられるのを感じた。生まれてくる子供の父親が突然姿を消したという噂が、親戚内に広まっていたのだった。
にぎわいをよそに、彼は一人で黙々と刺身を食べながらビールを飲んでいた。日本海でとれたブリやノドグロは旬ではないものの程よく脂が乗り、冷えたビールに良く合った。
一人でいる彼の様子を見かねたのか、叔父は徳利を片手に彼の隣へ腰を下ろして
「タク、楽しんでるか?」と言って肩を叩いた。
「あ、はい。ありがとうございます。」と言って彼は叔父の注いでくれる日本酒を頂戴した。
ハタチになってから彼はビールばかりを飲んでいたので、日本酒を飲むのは初めてだった。今までに経験したことのない度数のおかげで、おちょこを傾けると、体の中に一瞬で酔いが広がって行った。
「どうだ、うまいだろ?」と言って叔父は笑った。
「中々強いですね、これ。」と彼は顔をしかめながら答えた。
「まあ、飲んでればすぐに慣れる。」と言いながら叔父は残った日本酒を徳利から飲み干し、
「母さん、もう一本頼む。」と言って叔母に空の徳利を渡した。
相変わらずの酒豪っぷりである。
「なんか、元気ない理由でもあるのか?」と赤くなってきた顔で叔父は彼に尋ねた。先ほどの日本酒が効いてきたのか心が少しほどけて、彼はゆっくりと話し始めた。
「この夏が始まったくらいの時に、じいちゃんが亡くなった時のことを思い出しちゃって。そっから何か急に怖くなったんです。自分がいつか死ぬってことが。そんなのは生まれた時から分かり切ったことに決まってるんだけど、今さらになって実感したっていうか。そしたら今自分が生きてる根拠って何なのかとか、意味なんてあるんだろうかとか色々考えてしまって。周りの人とか親父とかと話して少しは楽になったんですけど、まだ何かすっきりしない気持ちがあるんですよ。」
叔父は彼の話を聞き終えると急に真面目な顔になって、そうか、とつぶやいた。そして腕を組んでうーんと唸ると、
「座ってみるっていうのはどうだ?」と言った。
「座る?」
「つまり座禅のことだ。やったことあるか?」と叔父は言った。
彼は首を横に振った。座禅って修行僧がやるものだ、というイメージが彼にはあった。
「知り合いに禅寺をやってる人がいてな、座禅の体験がしたい人を泊めてくれてるんだ。もちろんタダという訳にはいかんが、タクがやってみたいと言うなら金は俺が出すよ。」と叔父は言ってくれた。
彼は少し考えて、
「そしたら、もし良ければお願いしてもいいですか?」と言った。どうせこのまま悩み続けていたって休みは過ぎて行くだけだ。幸いお盆の後にはバイトは入れていなかった。
「よし、そしたら解決だな。さあ、どんどん飲むぞ!」と言って急に明るくなった叔父は豪快に笑った。
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