第102話 ゴリ押し
自らのもとに迫った刃を、アリシアはギリギリかわす。
現在、館に残ったローズ達は一室をまもる騎士たちと戦っていた。
洗脳魔法によって操作されてる騎士たちは複雑な動きこそしないが、防御を捨てたやや強引な動きは近接戦闘が慣れていないシャロン以外を圧倒していた。
「あーもう! 鬱陶しい! 中途半端な魔法しか使えないし、かと言って相手の鎧が分厚いし……シャロンなんとかして!」
アリシアがたまらず叫ぶ。
彼女がこんなにも魔術師でない相手に苦戦していた理由は、場所と状況の悪さにある。
館の廊下は当たり前だが人間が通ることを想定して作られている。
そのため、館の廊下は狭く人がふたりも並べば十分なスペースだった。
そしてそんな狭いスペース内で仲間を巻き込みかねない高威力の魔法など打てず、かと言って繊細な魔力操作はまだ苦手。
さらにローズが展開し敵の視界を妨害する霧の魔法を吹き飛ばしかけない風の魔法は使いにくく、水に囲まれた状況では火の魔法も威力が落ちる。
威力が落ちた魔法では騎士がまとう鎧を撃ちぬけない。
様々な要因が重なることで、単なる魔術師でしかないアリシアを苦しめていた。
「そ、そうは言われても……身体強化にも限界がありますから、あの鎧を突破するのは難しいですよ? 敵もそれを想定して突っ込んできますし……格好つけた手前、なんだか恥ずかしいですね」
「それは言わないお約束よシャロン。まさかこんなにも苦戦するとは思わなかったわ……」
「どうします? わたくしも手を貸しましょうか?」
「……いいえ。まだ平気よ。屋敷内にどれだけの敵がいるかもわからないし、ローズは魔力を温存しててちょうだい。頑張って倒すから」
「わかりましたわ。けれど早くしてくださいね。わたくしの魔力も無限ではございませんので」
「ええ、重々承知してるわ」
魔力を練りあげながらアリシアは答える。
相手は重装備の騎士だ。この状況が続くようなら長期戦は確実だが、どこかで強力な一撃を撃てばそのかぎりではない。
やや危険な懸けではあるものの、アリシアはそのチャンスを待つ。
傍らにはシャロンとミュリエルがいるため、多少の無理はなんとかなるだろう。
仮にノアがここにいれば話は早かったのにと、ないものねだりしてしまう。
「! アリシア、シャロン。どうやら戦闘の音を聞きつけて少しずつだけど他の騎士がこちらへ向かってきてるわ。あんまり時間はないみたいよ」
「厄介ね……。わたし達が扉の前で時間を稼ごうにも、まずは目の前の敵を排除しないといけないし」
ローズの霧の魔法では、アリシア達が立てる音まで消すことはできない。
彼女の魔力探知に徐々に近づいてくる敵の反応があった。
時間は刻一刻とローズ達の不利をつげる。
しかし、それは逆にアリシアが強引な選択肢をとれるとも言えた。
しょうがないと言わんばかりにアリシアが叫ぶ。
「ローズ! 今から風の魔法を使うから、吹き飛んだ霧の操作頼むわよ!」
「風の魔法……? りょ、了解ですわ! 少しくらいなら遠慮しないでいいですよ」
「ありがとう。助かるわ」
ローズからの許可をもらいアリシアが大量の魔力を練りあげる。
発動する魔法は前にノアが騎士たちに使った魔法だ。
アリシアが得意な風の刃では、騎士たちの分厚い鎧を切り裂くことはできないゆえ、風圧にて騎士たちを吹き飛ばすほうが効率がいいと考えた。
それは奇しくもノアが考えた時とまったく同じ。
周囲の霧を吹き飛ばすほどの暴風がアリシアの手元に現れる。
それをひたすら圧縮し、弾丸のようにまとめて前方へ飛ばした。
騎士たち二人を巻き込んで当たる。
背後の壁にはめられた窓をぶち抜いて騎士たちが館の外へ放り出された。
ここは二階だ。
重い鎧を着た騎士たちは下手すると死んでしまうかもしれないが、重傷であればあとでミュリエルが治すと思い、アリシアは遠慮しなかった。
体を鍛えた騎士たちならきっと大丈夫だろうと無責任なことを考えて。
そして騎士たちがいなくなり周囲の霧ごと吹き飛ばしたアリシアは、ふう、と額の汗を拭って背後のローズに告げる。
「霧の魔法で視界を塞いだら、ローズは早く部屋のなかに入りなさい。わたし達は外で他の連中を相手にするから」
と。
「ありがとうございますアリシアさん……すぐに霧を再展開します。恐らく他の騎士がこちらへ向かってきてるので、お相手は任せますね」
ローズは申し訳なさそうにアリシア達へ頭を下げ、しばらくして霧の魔法がふたたび周囲を覆うのを見届けてから、扉を無理やりこじあける。
当たり前のように鍵がかかっていたが、魔術師の手にかかれば簡単に扉は破壊できる。
近くに人がいないことも探知魔法で確認済みなため、遠慮なくアリシアが扉を壊し部屋のなかにローズが入っていった。
すると部屋のなかには——、
「ああ……ようやく会えましたね、お母様」
予想通り、ローズの家族たちがいた。
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