第98話 後悔なんてない

 その日の夜、僕はローズの家から出て外壁の上で空を仰いでいた。


 明後日には魔族が住むであろう領主の館へ攻め入る。


 それを決めた直後、なぜか僕はしんみりとしたテンションになった。


「……気付けばずいぶんと遠回りしたような気がするな」


 夜空に浮かぶ月の色は、僕がこの世界に転生した日となんら変わらない。


 あの時は嬉しくて悲しくてそれでも嬉しかった。


 大好きなゲームの世界なら前世とは違う特別な自分を見つけられるような気がした。


 しかし、僕が転生したのは死亡フラグの立ったモブ。


 転生した直後に死ぬことが確定した自分の人生に一時は絶望したものだ。


 けど前世からわりと楽観的な僕は、ストーリーの内容を振り返りながらふと思った。


 もしかしたら自分の死亡フラグを回避することができるんじゃないかと。


 ストーリーの強制力が働いた場合は死を回避することはできないが、仮に僕の存在自体がストーリーになんら影響を及ぼさないなら、モブはモブらしく平凡な人生を歩むことができるのではないかと。


 そもそも僕は単なるモブ。


 いくら勇者の仲間とはいえ、死のうと死ぬまいと未来の結果は変わらない。


 それくらい僕が転生したキャラはどうでもいい存在だった。


 ゆえに僕は頑張った。


 頑張ってなるべく回避しやすい答えを選んだ。


 それがパーティーからの脱退。しかもただの脱退ではない。あとくされない戦力外通告という追放を選んだ。


 結果的に僕は自らの無能さを必死にアピールしパーティーから追放されたが、そこからの日々は短いながらに劇的なものだった。


 森でアリシアと出会いアリシアを救い。


 勇者にはなぜか恨まれ。


 アリシアと同じようにシャロンを救い。


 なぜか勇者に絡まれて。


 今度こそ普通の日常を送るかと思ったら今度はシャロンの友人とダンジョンへいき、彼女が危険に陥る。


 ミュリエルをダンジョンで救えば、僕が調子に乗って気になるからとクリミアの街へ行き、魔族絡みの問題へ首を突っ込む……。


「もしかして僕……」


 気付かない内に様々なイベントをこなしてるのでは?


 当然それは本編に関わり合いのない内容だが、今回の件だけはこれまでと異なる。


 クリミアの街を滅ぼす元凶たる魔族と戦うのだ。それは間違いなく大なり小なりストーリーへ影響を及ぼすだろう。


 それがどう僕に関わってくるのか……今さらながらちょっとだけ不安になってきた。


 僕には力があるが、仲間のアリシア達は違う。


 全力で彼女たちを守ると決めたが、それでも今後は守りきれない可能性が出てくる。


 僕は一体、何を目指せばいいのか。


 全てを捨てて、他者の人生を諦めてとっととスローライフを送るべきか。


 ——なんて。


 僕に今さらローズたちを見捨てることなどできない。


 ちょっとセンチな気分になっちゃったかな。


 そろそろローズ達のもとに戻るか。


 そう思って立ち上がろうとした瞬間、背後から声をかけられる。


「こんな所でなにしてるの、ノア様」

「アリシア……」


 振り向くと外壁の上には僕以外のお客さんが。


 夜風に美しい髪を揺らしながらこちらへ近づいてきた。


「ちょっと風に当たりにね。アリシアこそこんな所にどうしたの」

「ノア様に会いに来たのよ。寂しそうな背中に見えたけどどうしたの?」

「考え事してた。勇者のパーティーから抜けて、短い間にいろいろあったなぁって」

「あー、たしかに。ノア様の話を聞いてこれまでのことを振り返ると……色々あったわねぇ」

「アリシアと出会ってシャロンと出会ってミュリエルと出会って勇者と戦って……わりと劇的な日々だったよ」

「それでどうして悲しそうにしてたの? 昔が懐かしい?」

「いや別に。当初思い描いてた未来とは違うけど、そこまで寂しくはないよ。そんなに寂しそうに見えた?」

「ええ、まあ。けど、わたし達と出会ったことを後悔してないならなんでもいいわ」


 後悔? 僕が、アリシア達と出会ったことを?


「あはは。後悔するわけないだろ。アリシア達のおかげで楽しいよ」

「そ。ならはい。ローズと一緒に作った夜食よ。飲み物もあるから一緒に食べましょう」

「ありがとう。そろそろ戻ろうかと思ったけど、もう少しだけここにいようかな」

「それがいいわ。すぐに帰ったら許さない」


 なんていうアリシアと一緒に、僕は彼女が用意してくれた夜食を摘まむ。


 今の僕は一人じゃない。


 たしかに望んだ未来ではないが、より輝かしい未来へ進んだという確信がある。


 やっぱり明後日の魔族との戦闘は、なるべく彼女たちを巻き込まないように頑張らないとね。

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