第93話 どうしてこうなった

 僕は目を開けた。


「————」


 すると、その時を待ってましたと言わんばかりに、目の前のアリシアが鏡を手に持つ。


 僕の方へ向けられた鏡面には、一人の男性らしき顔が映っていた。


 でも誰だろう。

 僕はこんな奴を知らない。

 いや、厳密には見たことがある。

 前世でね。


 白い顔をした、赤い鼻の不気味なメイク。

 所々に理解不能な線や模様が描かれた……ピエロみたいな顔が、そこにはあった。


「結局ピエロになるの!?」


 それを見て、僕は全力でツッコミを入れる。


 黙ってたのと酷くない!? 

 怪しいを通り越して怖いよ!?


 前世で見たホラー映画を思い出す。

 風船とか持ってたらもうそれだった。


「どう? 我ながら力作よ」


 ドヤ顔を浮かべるアリシア。

 僕の言葉など届いてないらしい。


「どう、と言われても……こんな顔した人間が街中をうろついてたら、騎士に声をかけられるでしょ」

「この街の状況なら通報されることはないわ! それに、大道芸人と思ってくれるでしょ」

「無理があるよ!? どこの世界にピエロ顔の一般人を見逃すバカがいるの!?」


 少なくともこの街に大道芸をする者はいなかった。


 そうでなくとも王都以外でこんな顔した人間を見たことがない。

 たとえそれを突き通すのだとしても、衣装が不自然だよ衣装が!


 なんで顔はピエロなのにローブ着てんの!?

 首から下が普通すぎて違和感しかない!


「というか、そもそもピエロにはしないんじゃ……普通のメイクは出来なかったの? 僕、ちゃんとメイクさせたよね?」


 ピエロ顔のままアリシアをジッと見つめる。

 アリシアは視線を逸らして言った。


「……さ、最初は頑張ろうと思ったのよ? でもね? 途中からメイクをするのが大変になってきて、失敗を重ねた結果……」

「結果?」

「もうこうした方が早いかなって」


 諦めやがった。

 この女、人の顔を使って遊びやがりましたよ。

 僕は嫌々ながらもメイクさせたのに……。


「ま、まあまあ。その顔なら誰もノア様だと気付けませんよ? ある意味、服装さえどうにかすればなんとかなるのでは?」

「なんとかなるのかな……僕が騎士だったら、大道芸人でも声をかけるよ」


 というよりこの街に魔族や領主が大道芸人を招くとは思えない。


 仮に僕と同じような顔をした人物がいたとしても、普通にスルーするかどうかは怪しい。


 たしかに言いたいことはわかるよ?

 この顔なら元の顔を覚えてる勇者の前に出たって僕だと気付けないだろう。


 だが、いくらなんでもこれは……。


「アリシアさんのメイクは、一つの選択肢として取っておきましょう。ピエロが嫌なら後でわたくしがメイクをし直しますのでご安心を」

「それは助かる」


 ローズがいてよかった。

 でも選択肢の一つになったのなら、最悪、僕はこのままピエロデビューか。


 魔法は得意だが、お手玉や玉乗りなんてできないよ?


 いざとなったら魔法でなんとかできるかな……。


 僕は再びアリシアの持つ鏡に視線を移して、別人の顔を見つめる。

 この街ならたしかにこれもありか。

 なんて若干迷走をし始めた。

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