第92話 もはや罰ゲーム
「シャロン! ミュリエル! 準備はいいわね?」
化粧道具を手にしたアリシア達が、僕の目の前に並ぶ。
やたら不敵な表情は一体何を現わしているのか。
ひしひしと嫌な予感がする。
「こちらは準備万端です! ミュリエル、カツラ持っててね」
「う、うん。でも、本当にいいの? ノアさん、乗り気じゃないよ?」
「平気平気。いくら男だからって適当に変装してバレたら困るでしょ? やる以上は全力で取り組まないと!」
「どうしてアリシアはそんなに元気なんだろうね……お手柔らかにお願いするよ」
普段の彼女からは想像できないほどやる気に満ちていた。
各自の担当は、アリシアがメイクを施し、シャロンがそのサポート。
ミュリエルはカツラを用意する係で、既に僕が希望した金髪のカツラを持っている。
けどおかしいな。
僕の見間違いかな?
ローズが用意したものの中には、女性もののカツラ以外にも男性用のカツラがあったはずだ。
だというのに、ミュリエルが手にしてるのは髪の長い——女性物。
本当にこれから僕は男性用のメイクを受けるのだろうか?
とっくに分かり切った疑問を脳裏に浮かべ、ただただ台風が過ぎ去るのを待つことしかできない。
「ふふ、ふふふ。任せなさい。メイクなんて一度もやったことないけど、面白そうじゃない。どうせ塗ったりするだけでしょ? わたし達でも出来るわ」
「い、いえ……メイクには色々と手順というものがありまして……」
アリシアの不穏な呟きに、僕たちの様子を見守っていたローズがたまらず声をかける。
おかしな仮面を被ってたローズが常識人枠とは……ひょっとして僕のパーティーメンバーの価値観はちょっとおかしいのでは?
それを悟ったのは、自分の身に危険が迫った瞬間だった。
「なんとかなるでしょ。昔からやればできる子と言われたわたしに任せなさい」
「一応、わたくしならメイクも慣れていますが……」
「ダメよ。これはノア様のパーティーに関すること。いくら協力するとは言ってもローズには譲れない!」
「僕としてはパーティーリーダーとして、是非ともローズにメイクをしてほしいところだね」
「ノア様は黙ってて。ピエロになりたいの?」
え——!?
僕、パーティーリーダーだよね?
発言権ないの!?
あとピエロになるってなに?
まさかとは思うけど、ロクにメイクしたことないのにピエロメイクは得意なの!?
「…………」
お願いだから一旦落ち着いてほしい。
そう思って僕は黙ったまま目で彼女に訴えかけるが、哀しいかな。
沈黙を降参と受け取ったアリシアが、残酷な一言を告げる。
「よろしい。じゃあ始めましょうか。まずはどこからやろうかしら。シャロン、道具を見せて」
「こちらです」
有無を言わさず始まったメイク。
シャロンもやたらウキウキしてるし、背後で悲壮感を漂わせる僕を、ミュリエルは申し訳なそうに見守る。
そう思うなら助けてほしいが、この中で一番、発言権のない僕と同じくらい発言権のない彼女にはやる気を出した二人を止める術はなかった。
楽しそうに悪魔の道具をアリシアが選ぶ。
せめてお化けみたいな顔にならないことを祈りながら、僕は諦めて瞼を閉じた。
全てが終わるまでこの目が開くことはないだろう。
▼
……どれだけの時間が経ったのか。
メイクが終わるまでの間、ずっと僕は目を閉じたまま時間が経つのを待った。
途中、何度も顔に不思議な感触を味わいながら、僕はそれでも完成を待つ。
ひたすら待つ。
……超ひたすら待った。
待って待ってようやく、その時は訪れる。
「ふー……これでよし、と。二人はどう? 途中、ものすごくおかしくなったけど、十分軌道修正できたと思うの」
——え? すごくおかしくなった?
声しか聞こえぬアリシアの言葉に、一気に胸中が不安で満たされる。
メイク中はひたすら無心で別のことを考えていた。
おかげで彼女たちの会話すらあまり耳には入ってきていない。
聞いちゃうと絶対に止めたくなるからだ。
しかし、聞いておけばよかったと思った。
「おお……! すごく良い出来だと思います! ローズさんはどうでしょう!」
「そ、そうですわね……内容はともかく、出来はすごく良いかと。ええ、まあ、はい」
内容はともかく……?
なにその不安しか煽らない言葉。
一体僕の顔はどんな風になったんだ。
「……ノアさん」
ミュリエルは何も言わない。
ただ哀しみの籠った声で僕の名前を呟いた。
だからどうなったの僕の顔!?
もう我慢できない。
僕は覚悟を決めて目を開いた。
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