第87話 アリシア達の覚悟

「ノア様が許すなら、わたしはローズに協力してもいいと思ってるわ」

「ほ、本気ですかアリシアさん? 相手はこの街の領主と魔族ですよ? 加えて、騎士や住民、ハンターすら敵に回るのに……」


 率直に自分の意見を述べたアリシアに対して、不安そうな表情で驚くシャロン。

 僕もシャロンの言葉に同意する。


「そうだよアリシア。相手はこの街そのものだ。そこに魔族が含まれる以上、この件は単なる依頼として受けるにはあまりに大きすぎる。答えを出すのが早すぎやしないかい?」

「わたし達はせっかくこの街に来たのよ? それが、魔族に支配されてるとか領主が魔族と結託したとか……のんびり観光しようと思ってたのに、それじゃあ無理じゃない。ノア様たちは我慢できる? それとも他の街へ行く? それがいいならわたしは構わないけど、せっかくこの手に力があるのだから、使わないのは損だと思うの。それに……」

「それに?」

「もし魔族を倒して街を救ったら、わたしたち英雄でしょう? この街に滞在している間は、それなりの待遇を約束されると思うの。ねえ?」


 怪しく口角を上げたアリシアが、ローズを見た。

 ローズもまたニヤリと笑う。


「そうですね……領主は今回の件で引退してもらいます。新たにわたくしが領主となれば、皆様の生活はより快適なものへ変わるかと」

「具体的には?」

「公共施設の利用料などを無料にしたり、食費などの負担、などでしょうか」

「悪くないわ。どれだけ食べても無料なら、シャロンにとっても悪くないでしょ?」

「……たしかに」


 アリシアの言葉に、頷いた僕だった。

 ハッキリ言うとかなり魅力的な提案ではある。


 この街に骨を埋める気は毛頭ないが、滞在してる間の浪費が0になるというのは、大食い娘たちを抱える僕のパーティーにとってはかなり大きい。


 しかも施設——宿などの利用もタダなら、今泊まってる宿よりグレートの高い宿へ移ることも可能というわけだ。


 僕からすれば魔族を一体倒すだけ……最悪、アリシア達にはこの家で留守番してもらえば、簡単に魔族が倒せるのではないだろうか?


 アリシア程の高尚さはないが、報酬は欲しい思う。


「他にもわたくしが出来ることならなんなりと。ただし、依頼内容は魔族の討伐だけではありません」

「?」

「領主の館には、わたくしの家族がいます。父以外は魔族による洗脳の支配下にあり、母や弟を助けることも依頼内容には含まれます。面倒だとは思いますが、是非とも協力していただきたい」

「ふむ……」


 討伐以外にも指定があるのか。

 要人の救出、ね。


 魔族を倒せば洗脳は解けるが、その魔族と争っている間に人質、あるいは余波を受けて傷付くのを避けるためか。


 だとしたら、ローズが言う通りかなり面倒な依頼内容だと思う。

 ニュアンス的には、魔族の手元から家族を救出したあと魔族と戦えと言うのだから。


 仮に僕とローズだけでやるには人手が足りなくなる可能性もある。

 というか、僕にだけ負担が大きくなるなこれは。


「因みに、考え込んでるところ悪いけど、彼女の依頼を受けるならもちろんわたし達も一緒に行くわよ?」

「え?」


 図星を突かれて、一瞬で頭が真っ白になる。

 目を見開いてアリシアを見つめると、彼女はただ優しく微笑んだ。


「流石にノア様の考えくらい少しはわかるわ。魔族がいるから自分さえ協力すればいい。みんなを危険に晒さない方が得策だ、とかね」

「うぐっ——!」


 本当に図星だった。

 表情が崩れる。


「でもダメ。自分だけが危険な場所に行くのを、わたし達が喜んで見送ると? わたし達もノア様の仲間なのよ? 受けた依頼は一緒にこなすのが筋よ」

「……危険だよ。相手は凄く強い。下手すると、僕の助けが間に合わない可能性だってある。死ぬかもしれないってことだよ」

「ええ、わかってる。わかった上で、それでもわたし達はあなたと一緒に行きたいの。自分たちだけ安全な場所で待ってるなんて出来ない」

「アリシア……」


 見ると、彼女の隣に並ぶシャロンやミュリエルも僕のことを見つめていた。


 表情に恐怖や不安はない。

 全員、考えは同じらしい。


「まったく……どうして僕の仲間はこう、みんないい子なんだろうね」

「素晴らしい絆ですわ。ここまでのものを見るのは初めてになりますが、ハンターとは皆、こういうものなんですか?」

「さあ。ハンター歴の浅い僕にそんなことを訊かれてもね。ただ……彼女たちは自慢の仲間とだけ言っておこうか」

「なるほど」


 結論は出た。

 どうやら僕は、この展開から逃げられないらしい。


 それはゲームによる強制ではない。

 自分が選んだ末の末路だ。


 しかし、不思議と僕も不安はなかった。

 彼女たちと一緒なら、どんな未来も笑っていられる自信があったから。

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