第89話 引き籠り魔族
「魔族に関する情報……ですか」
僕の質問を聞いて、ローズは困ったように目を伏せた。
「どうしたの? この街での活動は僕たちより圧倒的に長いだろう? 何も知らないの?」
「多少は魔族の情報を持っていますが、より詳しくなると難しいですね……この街に現れた魔族は、ほとんどの時間を領主の館で過ごします。わたしも実際に魔族を見たのは一度くらいで」
「なるほど……魔族のくせに引き籠もってると」
それは実に厄介だ。
領主が味方についているからだろう。
人間に近い体の構造をしてる魔族は、食事や睡眠を取る必要がある。
人間との違いなど、外見や保有する魔力量の差でしかない。
脳があり、感情があり心臓があり内臓がある。
それが魔族だ。
しかし、そんな魔族は領主の館から出てこないときた。
食事も金持ちの領主宅なら自動で出てくるし、洗濯や風呂も領主邸で自由に満喫できると。
問題があるとしたら街の様子だが、それも部下を使って調べさせればいい。
そうこう手を尽くして、この街にいる魔族は自宅? に引き籠もっているらしい。
めんどくさいな……。
「ええ。何度か領主の館へ忍び込もうとしたんですが、魔力の反応が館の周囲にはありまして……」
「魔力の反応? というと、結界みたいな?」
「恐らくは。試しに触れてみた結果、すごい速さで騎士たちが駆け付けましたので、侵入者対策でしょうね」
「うへえ……徹底してるね」
魔族にしては随分慎重な奴だな。
たしか公式の設定資料によると、魔族は膨大な魔力を有するがゆえに人間を見下した生き物だ。
たった一人の魔族にすら小さな街は滅ぼされると聞くし、まあそりゃあそう思ってもしょうがないとは思うが、この街にいる魔族は決して油断しない。
領主と手を組み、これだけ広い都市の住民を洗脳してもまだ、自分の身を完璧に守る術を保っている。
どこかに穴はないものかと僕も一緒になって考えるが、侵入者対策の魔法まで張り巡らせてる以上、魔族が館の外へ出てこないことにはどうしようもないな。
探知魔法が使えるであろう彼女が、領主の館の内部に関してまったく話しに触れないあたり、魔力探知を阻害する魔法まで仕組んでる可能性はある。
僕の魔力ならそれらを無理やり突破することも可能だが、そんなことをすれば間違いなく相手にバレる。
なるべく力技は厳禁な今回の依頼において、意外と僕って役に立たないんじゃ——と思わず考えてしまった。
「そこまで自分の身の周りを固めてる相手なら、気付かれずにローズの家族を助けたり、館へ侵入するのは不可能だね。バレることを覚悟で計画を練るしかない」
「そうですわね。そう思って、わたしはここ最近、クリミアの街へやってくる旅行者の方を観察してました」
「荒事にも耐えられる仲間を探してか」
通りで僕を見つけて声をかけるまで早かったわけだ。
予め目星を付けられていたらしい。
こちらとしては話がスムーズで助かるが、実に地道な判断だと思う。
場合によっては気が遠くなるような時間が必要になるし、裏切る可能性だってある。
今の彼女にとって最も恐ろしいのは、自分の素顔や情報が魔族や父に知れ渡ることだろう。
万が一にも捕まれば、魔族に洗脳されてしまうのだから。
それを考慮した上で僕に近づいたのは、それだけ僕たちが魅力的な相手だったのか、焦れて積極的に出たのか。
話が逸れそうなので深くは聞かないが、そのどちらかだろうと僕は思う。
気持ちはなんとなくわかるけどね。
家族が魔族に捕まってる状況で、長々と自分だけ安全な場所でただ時間が過ぎるのを待つだなんて、苦行もいいとこだ。
「結果、こうしてノアさん達と出会えました。これは運命です。神様がわたくしの計画を成功させるべく、お力を貸してくれたに違いません!」
「あはは……」
最終的に行き付くところがそこなのか。
意外と信者だったりするのかな?
「でも、作戦はいくつも練っておいた方がいい。大胆な作戦はもちろん、魔族がいざ外へ出た時に対応できるよう、他のプランを色々と用意してね」
「わかっています。ノアさんが仲間になったからと言っていきなり領主邸へ突撃するほど、わたくしは血気盛んではありませんよ?」
「そう? ならいいけど。アリシア達も遠慮なく案を出してくれ。魔族に関する質問は、僕とローズが答えるから」
特に僕はそれなりにこの世界には詳しいよ。
まあ、今回の件は完全に初見だから、ほとんど役に立てる情報は提供できないんだけどね。
内心、自分で言っておいてロクに情報を持たないことに苦笑するしかなかった。
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