第85話 仮面の正体

 しばらく仮面の魔術師を追って屋根を飛び回っていると、目的地らしき建物が見えてきた。


 クリミアの街でも端にあるややボロい一軒家。

 木製で建てられたのか、古臭い雰囲気が漂っていた。


 しかし、周りに並ぶ建物もまた木製だ。


 街の中心部は大半が石材を用いていたのに対して、この辺りはやけに安っぽいというか、閑散としていた。


「着きました。ここまでお疲れ様です。あの正面に見える家が、わたくしの拠点ですわ」

「あれが……?」


 地面に降り立った僕たち。

 前を歩く仮面の魔術師を追いながら、思わず僕は正直な自分の気持ちが口から出てしまう。


 その反応にクスリと彼女は笑った。


「信じられませんか? あのようなボロボロの家に住んでいる、とは」

「そこまでは言ってないが、正直、信じられない気持ちはあるね」


 彼女は魔術師だ。

 しかもあんな広範囲を霧で包み隠せるほど優秀な魔術師と言える。


 魔力総量だってアリシアに負けていない。

 しっかりと鍛えればこの世界でも最上位のハンターになれるだろう。


 だというのに、そんな彼女があんなボロイ家に住んでるなんて……何か理由があるとしか思えない。


 稼ごうと思えば、いくらでも稼げるはずなのに、と。


「ノアさんの疑問は最もですね。わたくしは魔術師。魔術師は貴重な戦力です。ハンターはもちろん、様々な仕事に就くことで将来が約束された存在。ですが、それに関しては簡単にお答えできますよ」

「君が抱える問題にも関係してることか」

「ええ。なので、どうぞ我が家へ。いらっしゃいませ」


 鍵を差し込んで彼女は扉を開く。

 ローブを脱ぎ、僕たちを部屋の中央へ手招きした。


 外見はあまりにもボロいものだが、内装はわりとしっかりしてた。

 部屋も定期的に掃除してるのか、ちゃんと綺麗だ。


「お茶を用意するのでソファにお座りください」

「お構いなく」

「いえいえ、話は長くなるので必要かと」


 そう言って彼女は、美しい金色の髪を揺らしながらキッチンの方へと向かった。


 あの仮面はまだ脱がないのかと思いながら、僕たちは言われた通りにソファへ腰を下ろした。


 少しして、湯気の立ったカップを持って、彼女が戻ってくる。


「紅茶です。どうぞ」

「ありがとう」


 テーブルに並べられたティーカップ。

 僕は何の躊躇もなく注がれた液体を飲む。


 うん、美味しい。

 どうやら毒が入ってるわけでもないし、安全だね。


「……あなたは、わたくしの事を疑わないのですね」

「ん?」

「普通、こんな怪しい人間の出すお茶を飲む人はいないかと」

「ああ……仮に毒が入ってても大丈夫だからね。それに、僕が飲まなきゃ彼女たちが飲みにくいだろう? リーダーとして当然の配慮さ」

「なるほど。中々に個性的な方ですね」


 彼女はそう言うと、徐に仮面へ手をかけた。

 外す直前、


「近くには誰もいませんか?」


 と僕に訊ね、


「この辺りの住民くらいはいるけど、さっきの場所から追いかけてきた人たちはいないよ」


 と僕は紅茶を飲みながら返す。


 それを聞いて、彼女は仮面を完全に外した。

 カチャリと金属が外れる音が聞こえる。


 現れたのは、絶世の美女とも言える同い年くらいの少女だった。


「それが、君の素顔か……」

「はい。事情があり、素顔を隠した無礼をお許しください。かの騎士たちにわたくしの顔がバレると厄介なので」

「と言うと? 君はあの騎士たちの知り合いなのかな?」

「わたくしは彼らを存じません。ですが、彼らはきっとわたくしの顔を知っているでしょう。そういう意味では知り合いですね」

「要するに?」

「わたくしの名前は、ローズ・クリミア。この名前を聞けば誰でもわかりますね?」

「ローズ……クリミア?」


 クリミア、ということは。


「ええ。お察しの通り、わたくしはこの街、クリミアの領主の娘です」

「っ——」


 僕もアリシアもシャロン達も、一様に驚く。

 やっぱり、という思いを抱きつつ、やはり驚くのは当然だった。


「なぜ、この街の領主の娘が騎士たちと敵対しているんだ」

「実際に騎士たちと戦ったあなたがそれを言いますか? わかるでしょう? あの騎士たちを前にしたのなら」

「……なるほど」

「どういうこと?」


 すぐに納得した僕。

 だが、隣に座るアリシアが首を捻った。


「簡単な話さ。この街は今、領主かそれに近い者が統治している。そして、その統治は荒れている。わざとそうしたのかどうかは知らないが、恐らく彼女はそれを正すために行動しているんだろう」


 でなきゃ、本来は味方である騎士たちと敵対する意味も、顔を隠す必要もない。


 完全な憶測だったが、ローズと名乗った少女は否定しない。

 ニコリとほほ笑んで頷いた。


「その通りです。この街を統治する我が父は、——魔族に誇りを売り渡しました」

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